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追憶の彼方には戻らない 140

 航さんに抱きしめてもらって少し落ち着いたので、唯はキッチンに戻り光流のお母さんの手伝いをした。
 光流も光流のお母さんも玄関まで出てくる事なく唯と航さんを二人だけにしてくれていた。

 光流は分かるけど…光流のお母さんは一体どう思っているのだろうと不思議に思った。
 人にはちょっと言えない事情で航さんが唯の面倒を見る、という事になっているらしいけど…。
 余計な事は一切聞かないけれど、光流のお母さんが唯の事を可愛がってくれているのはよく分かる。何かを聞くにも言ってはなんだけど、自分の母親よりも緊張がしないくらいだ。

 勿論光流のお母さんは唯の力の事は知らないから、と思うけど…。
 「叔父貴、ちょっと」
 光流が航さんを呼んでリビングの方に行った。
 航さんがずっと唯から目を離さないでいてくれているのが視線で感じていた。
 唯が変なのはもう分かっているけれど、無理に問いただすような事はしない。

 「光流のお父さんっていっつも遅いですよね」
 「そうなの。仕事大好きなのよね。航くんもだったけど、唯くんのおかげで少し変わったみたいだしよかったわ。いつか体壊すんじゃないかと思ってたけれど…今は唯くんがいてくれるから食事もちゃんとしてるみたいだし…唯くんのおかげね」
 唯は小さく首を横に振った。

 「僕…いっぱい航さんにもらってばっかりで…。光流にも…光流のお母さんにも…」
 「貰ってるばっかり?私もいっぱい唯くんから貰ってるわよ~?この間はお土産ももらったし」
 「あれは!…ほんのちょっと…だけ」
 「気持ちがね。嬉しいの。そういえばご両親には?」

 「…買ったんだけど…まだ持っていってないんです。色々ごたごたになっちゃって」
 「…早くもっていかれるといいわね。ウチの方が先にいただいちゃって申し訳ないわ…」 
 「そんな事ないです!いっつも…よくしてもらってばっかりで」
 「気にしない気にしない。ホント唯くん可愛いんだから。光流も少しは見習って欲しいわよ…」
 気にしない…光流も言ってた、と唯はくすっと笑った。

 「うん。笑ってた方がいいわね。唯くんが笑ってるとおばさんも嬉しい」
 「…ありがとうございます」
 やっぱり貰ってばっかりだ。ここの人達は唯にいつでも優しい気持ちをくれる。
 「どうしてそこでお礼かなぁ?さぁ、ご飯よぉ」

 光流のお母さんが困った様に笑ってから声をかけると、話をしていた光流と航さんもダイニングに戻ってくる。
 光流の家に厄介になっていた時からずっと唯の席は航さんの隣だ。光流は航さんに何を話したのだろう?と気になったがそれを聞くのも憚れた。

 「あ、義姉さん、明日からとりあえず唯は大丈夫そうなんで」
 「え?」
 航さんの言葉に皆が注目した。
 「今日ちょっと遅くなったのは相手方の所に行ってきたんですよ。で、話を少ししてきたんですが、大丈夫そうなので」
 「本当に?」

 光流のお母さんが確認するように聞く。
 「叔父貴、マジで?」
 「ああ。警戒しすぎていたが失敗だった。さっさと行っとけばよかった。…唯、ごめんな」
 ううん、と唯は俯いて頭を横に振った。
 「唯くん…もう少しで夏休みでしょう?夏休みは泊まりにおいでね」
 「そうだそうだ」

 光流が子供の様に賛同するのがおかしくて笑ってしまった。
 「あの…航さん…ホントに…?」
 「ああ。ただ…しばらくは光流、悪いが唯を頼むぞ」
 「了解」
 航さんが唯の背中を安心させるかのようにぽんと叩いてくれて優しい目で唯を見ていたのに唯ははにかんだ。

 よかった…。
 ずっと光流と光流の家にご迷惑ばっかりかけてと思ってたから安心した。唯を迷惑と思ってないのは分かっているけれど心苦しいのに変わりはない。それにやっぱり航さんのマンションで航さんのお帰りなさいが言いたいな、とか一人で思って照れてくる。

 「よかったね」
 光流に向い側から優しく言われて唯は小さく頷いた。
 「ったく…そんな簡単にいくならさっさと行けばよかったのに」
 「本当に…。変に警戒してたからな…」
 航さんが苦笑している。

 「唯関わると叔父貴ダメダメじゃん」
 「……まったくだ」
 はぁと航さんが小さく悩ましい溜息を吐き出し、そして唯をじっと見た。
 「ん?」

 何?と唯が促すと航さんは小さく首を横に振った。
 光流からやっぱり余計な事も聞いたのだろうか…?
 なんとなく航さんの表情が暗い感じだ。
 唯がチラっと光流を見ると光流が唯の視線に気づいてにこりと笑いながら肩を竦めた。
 
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