岩国が清水と話しているので斉藤が瑞希に話しかけてくる。
「…さっきの続きだけど、安心していいから。俺何も言わねぇし」
「……別にいいけど」
「言わない」
今はそんな事どうでもいい事だった。
時間はどんどん過ぎていく。宗からの着信もメールもない。
もう瑞希はいらなくなった…?
「宇多?」
「…どう、しよう……」
怖い。
じわりと涙が浮かんできた。
帰ればよかった。
「宇多?どうした……」
「てめ……何瑞希泣かせてる…?」
低い声が後ろから聞こえてきた。
え?
瑞希が振り返った。
「な、んでここ…?」
宗が怒った顔で立っていた。
怒りの矛先は斉藤に向いている。
「宗、違う、からっ」
「何が!?」
「まぁまぁ…ほら、店の迷惑になるから」
清水が間にたって宥めた。
「ちょっと外出るよ。岩国は待ってて」
清水が宗と斉藤の腕を引っ張った。
「宇多君はおいで」
瑞希が岩国を見ると岩国はいってらっしゃーいとニヤニヤしていた。
「言っとくけど悪いのは君だと思うけど?」
清水が宗に向かって言った。
店の表は人が多いので裏に回った。
清水の言葉に宗が眉間に皺を寄せた。
「昼に女の子といちゃいちゃしてればねぇ」
「してねぇ」
宗が言い切った。
「してるように見えたけど?ねぇ宇多くん」
瑞希は顔を背けた。
斉藤は何の事かと首を捻っている。
「……また誤解か?」
「また?」
清水と斉藤が声を揃えた。
「…ったく。帰るぞ」
宗が瑞希の腕を掴んだ。
帰っていいんだ。
それにほっとする。
それにまた誤解だって言ってくれた。
「おい、ちょっと、飲んでたところに突然現れて帰るぞって、横暴だろ」
斉藤が宗に噛み付いた。
「ああ?お前は部外者だ。黙ってろ」
宗がぎろりと斉藤を睨むと斉藤は部外者呼ばわりされて鼻白んだ。
というか、どうして宗がここにいるんだ?
「宗…?なんでここに、いるって分かった、の?」
瑞希が宗を見上げて聞くと宗がごまかすように髪をかき上げた。
「さっきの電話。宗くんだったんだ」
清水が苦笑している。
なんで宗が清水の携帯を知ってるの?瑞希も知らないのに。
「?」
宗と清水を見比べた。
「だって瑞希が…」
帰ってこねぇし、携帯出ねぇし、とぶつぶつと呟いている。
「社長ご子息だから、つて使って俺の携帯までかけてきたんだよねぇ?」
「え?」
瑞希と斉藤の声が重なった。
「やっぱり宇多くん知らなかったんだ?」
「言ってねぇよ」
宗が答える。
「どういう事……?」
瑞希の頭の中が訳が分からなくなる。
「さ、斉藤くんは店戻ろうか?自棄酒に付き合ってやるから。宇多くんは彼氏と帰りなさい。土日でちゃんと浮上して月曜日に出社するように」
じゃ、と清水は斉藤を引っ張って店に戻っていった。
「……帰るぞ」
宗は瑞希の掴んだままだった腕を引っ張った。
車で来ていたらしい。ミニの助手席に瑞希を押し込めると宗が運転席に座った。
休みの日は瑞希が運転して買い物に行くくらいのミニは瑞希のお迎えに宗が運転して来てくれる。
宗と知り合えたのもこのミニのおかげだ。
じゃなくて!
頭の中がぐるぐるする。
宗が社長の息子?…二階堂だから、それは本当…?
女の子は誤解で。
清水の携帯にわざわざ電話入れて。
宗が静かに車を出した。
車中は無言で、宗は何を考えてるんだろう?
自分の事嫌にならないだろうか…?
考えるのはそればかりだ。
女の子の方よくなったんじゃない、の…?
まだ瑞希でいい?
宗…。
怖いんだ…。
自然に涙がまた浮かんできた。
いい大人で、男で泣くなんて…。
「瑞希!?」
静かに涙を溢してたら宗が慌てた声を出した。
「俺…まだ…傍にいて……いい…?」
「はぁ!?………なに、お前俺から離れる気?離す気なんてないからいいけど。まだってなんだ?何回でも追いかけて掴まえて追い詰めるし」
「…………」
宗の腕が伸びてきて瑞希の頭を引き寄せた。
「……俺、信用ねぇかな……?」
宗の声が沈んだ。
「ちが……っ!」
「そういう事だろ。……いい。とにかく帰るの先」
瑞希は黙って宗の温もりに目を閉じた。
テーマ : 自作BL小説
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