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追憶の彼方には戻らない 150

 日曜日、航さんの車に乗せられて唯の実家に来た。
 「成績表と、あとこれ…」
 リビングに航さんと並んで座ってから荷物を取り出すとおずおずと両親の前のテーブルに置いた。

 「あの…警察から…バイト代…というか協力費…というか貰って…航さんに買い物に連れて行ってもらったから…それで…」
 両親の顔を見る事も出来ずに顔を俯けてしどろもどろになってしまう。
 「すごく悩んで選んだんですよ」
 「航さん!余計な事…」

 言わないで!恥ずかしい!
 「ご両親に初めての自分で貰ったお金だからって」
 航さんがなおも追い討ちをかける。
 「………」
 恥ずかしい、と航さんの後ろに隠れるようにするとありがとうと母親と父親から言葉が返ってきた。
 恥かしくてもう早く帰りたい。

 「唯、大学の事も言っとくんだろう?」
 …そうでした。
 航さんがくすっと笑って唯の背中をポンと叩いてくれる。
 航さんが傍でこうしていれくれるから両親とちゃんと話も出来るんだ。

 「あの…一応国立の法学部…志望なんだけど…。いい…?受かるかどうか分からないけど…」 
 「唯が行きたいところならいいのよ?」
 母親が声を詰まらせながら言ってくれる。
 「あの…知り合いが…できて、その人もそこで…光流も志望一緒で…成績も悪くもなかったから…もっとがんばれば…いけるかも、って…」

 「甥の光流と一緒によく勉強して頑張ってますよ」
 航さんがすかさずフォローしてくれる。
 「そうなんですか?」
 「ええ」
 「あの、光流は学年一位で…僕がわかんないとことかも教えてくれて…」

 「頑張って。唯がしたい、行きたいって言うならもちろんいいのよ…?」
 「…うん…頑張る」
 二人が成績表を眺めて唯を見る。
 今までこんなふうに並んで会話なんてなかったからどうにも落ち着かない。

 高校を決めた時も面談で先生に成績に合わせて選んだというだけだったから…。自分の希望とかがあったわけでもなかったけど、今は光流とも同じ学校になれてよかったと思う。
 ちゃんと話せた、とほっとして航さんの顔見てはにかむと航さんも穏やかな笑みで唯を見てくれていた。

 「唯、武川さんもご飯食べていって」
 「あ、帰る。ごめん、買い物とかもしなきゃないし」
 唯が言うと両親が少しだけ悲しそうな顔をした。
 そこには申し訳ないなと思うけど、なにしろ貴重な航さんの休みの日で折角一緒に長くいられる日だ。

 「…今度はゆっくり来るね…」
 「そう…」
 「…すみません」
 航さんが頭を下げた。
 「すっかり俺の方が唯くんに世話されているようになっちゃってますが…」

 「唯が…何も出来ないと…思ってたけれど」
 「いえ、なんでもできますよ。器用ですし。きちんとお母さんのすることを見ていたって事でしょうね」
 航さんの言葉に両親が頭を下げた。
 「どうぞよろしくお願い致します」
 結局少しの時間だけですぐに実家を後にした。

 「…疲れた…」
 はぁと唯は航さんの車の中でやっと緊張から解き放たれて溜息を吐き出す。
 「俺は申し訳なくて…」
 航さんが運転しながら苦笑する。

 「でも…ご両親には悪いけどちょっと嬉しかった」
 「何が?」
 「唯が帰るって言った時。唯の帰る場所になってるんだな、と思って。密かに感動してた」
 「だ、って…そうだもん…。ね、航さんマグカップ買っていい?お揃いの。いっつもお客さん用と同じのなんだもん」
 「……そうだな」
 くすりと航さんが笑った。

 「じゃあ買い物して帰ろうか。その後は?昨日はさすがに今日はご両親の所に行くし、と思って昨日の事の言及もしなかったしただ抱っこして寝ただけだったけど……今日はいいよな?」
 「……ん…」
 そう、昨日は航さんは何も唯に問いただしもしないでただ抱き合って眠っただけだった。
 「そうそう、もう唯は夏休みに入ったしぎっちりとキスマークつけてもいいよな?」
 「…いいけど…」

 「明日は唯はおとなしく寝てるコース決定な?」
 「……」
 いいけど…。
 じゃあさっさと買い物して帰ろう、と航さんがくんとアクセルを踏み込んだ。
 「あ、夏休みに入ったんだから署に連れて来いって言われてたんだけど…唯はいつがいい?」
 「いつでもいいよ。特に用事もないし」

 「光流と約束はしてないのか?」
 「うん、別にこの日に何ってのはないよ?暇だったらって感じだから」
 「ふぅん」
 「署にも一緒によければ行きたいって言ってたけど」
 他愛もない事を話しても航さんとは息詰まることはない。
 やっぱり両親とよりも航さんといる方が心が穏やかになるんだ。
 
 

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