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追憶の彼方から放されたい 7

 黙って車を走らせていた尾崎が駐車場に車を入れた。
 「…アパート…?」
 …というより見た目はマンションと言った方がいいようなわりと立派な作りの建物だった。
 「アパートですよ。中は1LKでそんな広くもないです。ああ…克巳にしたら物置部屋位に思うかもだけど」

 「…別にそんな…」
 尾崎が車を降りたので克巳もそろそろと車から降りた。
 …どうしてのこのこと着いてきたのか自分でも不思議だ。

 そういえば誰か人の家に入るのは初めてかもしれない。小さい頃から人とはなるべく接触しないようにしていたから友達だっていなかった。母親にさえ気味悪いと言われる位だったし、それでも近づいてくるのは父親の存在があっての事が丸分かりで自然に誰も寄せ付けなくなっていたのだ。

 克巳は尾崎の後ろをついて階段を上がった。
 尾崎は力の事も知ってるし特にそれを気にしている風でもないし、父親の権力を当てにしている風でもない。なにしろ母親の再婚相手の息子なのだから当てにするはずもないだろうけど…。
 階段を上がって二階の奥から二番目の部屋らしく尾崎が鍵を取り出してドアを開けた。

 「どうぞ」
 ドアを押さえた尾崎の脇を小さく頭を下げて中に入った。
 「リビングと言っても狭いけどね」
 殺風景と言っていいような部屋だった。片付けがまだ、なんて言っていたけど物が極端に少ない。狭いといったリビングは小さなテーブルと長座布団とテレビだけ。キッチンの前を横切ったけど、キッチンも狭い。それでも冷蔵庫や炊飯器や電子レンジがあって住んでいる感はあった。

 尾崎が目線で克巳を誘いリビングに入るとクッションを差し出したのでちょこんとそれに座った。
 …落ち着かない。
 もぞもぞとどうしても身体を動かしてきょろきょろと周りを窺ってしまう。
 「テレビつけますよ?」
 尾崎がエアコンを入れてテレビもつけた。

 「ぁ…」
 丁度ニュースをしており、映し出された映像に小さく克巳が声を上げた。行方不明の中学生のニュースだった。
 そして克巳は視線を外して顔を俯けた。
 尾崎の視線を感じたが尾崎は何も言わずに着ていたスーツの上着を脱ぎ、ネクタイを外して隣の部屋に行った。開けっ放しになっているのでベッドが見える。

 克巳がいるので着替えはしないのかワイシャツを腕まくりしながらすぐに戻ってきてそして買ってきたスーパーの袋をあけた。
 「コーヒーとお茶どっちいいです?」
 「……じゃ、お茶…」
 尾崎がお茶のペットボトルを渡してきて、さらにサンドウィッチも出して克巳の前に置いた。

 「昼まだでしょう?少しだけでも食べなさい」
 さっき車の中で克巳は尖ったのに尾崎は気にした風でもないらしい。
 「ちゃんと食べてるんですか?細すぎでしょう」
 「……食べてる」
 「食事はどうしてるんです?ご実家にいるのは分かってるけど…」

 「…家政婦さんがいる」
 「なるほど。さすが江村家ですね」
 尾崎が個人的な事を聞いて来たのは初めてだった。

 「もし…」
 尾崎の声に克巳は顔を上げた。
 「警察の協力をやめたい時は言っていいですよ」
 「…え?」
 尾崎が思ったよりも真面目な表情で克巳を見ていた。

 「この先もっとキツイい事が待ってるかもしれないですからね。別にキミは警察に入ったわけでもないし表立って出るわけでもないですから。やめたきゃやめればいいんです」
 「………」
 なんで尾崎はそんな事を言うのだろうか?意図が分からなくてじっと尾崎を見てしまった。
 「でも、そしたら…アンタは交番に戻るかもよ…?」

 「その時はその時です。俺は有能ですからそのうち実力で刑事部にいけるでしょう」
 自分から刑事部に行きたいと言っていた男は簡単にそんな事を言った。
 でも…。
 「…いや、辞めないよ」
 「…そう?」
 意外そうに尾崎が呟いた。銀縁眼鏡の冷たい印象だった尾崎の表情が今日はそれほどでもなく感じるのはどうしてだろうか。

 「…悪い事したかな、と思ってたんですけどね」
 尾崎が苦笑を漏らした。苦笑というか自嘲だろうか…?
 「悪い事…?俺に対して…?」
 「ええ、まぁ。結局克巳を俺は利用したんですからね」

 「…別に…利用…でもない…」
 かえって唯くんに出会えた事は嬉しい事だったのだから。
 だが尾崎がそんな事を言うとは思ってもみなかった。一体今日はどうしたのだろうか…?
 克巳は不思議に思って目の前にいる男をじっと見た。

 
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