…心臓が大きく鳴ったのは驚いただけだ。…きっと。
ふいと尾崎から視線を外して克己は眉を顰めた。
どうにもこの間から尾崎の態度が変わって落ち着かないだけだ。
…そう自分に言い聞かせる。
「お待たせいたしました。前菜とスープです」
ちょうどそこに料理が運ばれてきてほっと小さく克己は溜息を吐き出した。
尾崎相手に何を緊張してるのか…。
「夏休みなのにどこも出かける用事ないんですか?」
従業員がいなくなり、カトラリーを手に料理を口に運びながら尾崎が聞いてきた。
「…ない」
そんな友達もいないと言ったはずなのにまた聞くのか。
克己もカトラリーを手に料理を口に運ぶ。
…おいしい。
「…じゃあ今度どこかに行こうか?」
「………は?アンタと?」
「そう。車あるしどこでもいいですよ?」
どこでも…ってどうして?なんで尾崎と一緒に出かけなくちゃならないんだ?
おいしい、と言おうと思った口が動かなくなった。
思わず怪訝そうに尾崎を見た。
「…なんで?」
「なんでって……分かりませんか?」
くすりと尾崎が小さく笑いながら流し目で克己を見た。
かっと頬が一瞬熱くなった。
どういう意味だ?
「分からない…って表情ですね」
くすりと尾崎が余裕の笑みを浮かべているが、それが憎たらしい。
馬鹿にしたのか、と克己が睨むと尾崎が肩を竦めた。
「初めは表情も乏しくてつまらない子だと思ったんですけどね。この間も言いましたけど綺麗な子だとは思ってました。でも表情も…それが案外そうでもないかな…と気づいたら…まぁ楽しいですね」
「…楽しい?」
「ええ。血統書つきの綺麗な子猫がフーフー毛を逆立てているようで」
それは克己の事なのか、とむっとした。
「それがこの間は俺のテリトリーの中で寝ちゃうし。案外無防備なんだと笑っちゃいましたよ」
「…それ、は…」
疲れていたからだ!…きっと。
「手懐けるのも悪くないと思ってね」
やはり馬鹿にしてるらしい。
「ふぅん…」
馬鹿にしてるヤツを相手することはないだろう。
克己が流せばつまらない、と尾崎がぼやいた。
「唯くんには随分と柔らかい表情をするのに」
「…唯くんは可愛いから」
「キミの方が可愛いですけどね」
「は?」
思わず目を見開いて尾崎を見た。
そしてくっと克巳は笑ってしまった。
「目が悪いんだな!ああ、眼鏡をしているか。度数が合っていないんじゃないか?変えたほうがいい」
「そうですか?合ってますけどねぇ」
飄々とした口調。
コイツは克巳で遊ぶつもりなんだろう。人慣れしてない克己が珍しいだけだ。
負けるものか。
「口説いてるのに…」
「口説く…って…女でもないのに…」
「案外モラリストですね。唯くんには何も言わないのに?」
「唯くんにとって武川刑事が特別なのは分かるからね」
「もう少し青春を遊んでもいいんじゃないですかね?」
「せ、青春っ!」
今度はふきだしてしまう。尾崎の口から似合わない言葉が飛び出してむせってしまった。
「そんな言葉…真面目にイマドキ聞いた事ない」
「そうですか?克己が笑ってくれるならいくらでも言いますけど?」
しれっと尾崎がそんな事を言って克己は笑いを引っ込めた。
「…もう終了?意表をつかないとなかなか表情を崩せないな…」
どこかゲームを楽しんでいるような尾崎にむっとして克己は料理の残りを突いた。
あけすけに尾崎の前で出しすぎた、と反省する。
だって尾崎が訳のわからない事を言うし、青春とか言ってくるから…。
その後は気をつけ、尾崎に出し抜かれないようにした。
料理は文句なしにどれも美味かった。店の雰囲気もどれも女性だったらきっと堕ちただろう。
だが生憎克己は女性じゃないし堕ちる気などさらさらない。
そんなゲーム感覚で付き合うなんて無理だ。それでなくとも自分の事を考えるだけで手一杯なのに。
「地図」
買ってもらった地図は重いからと尾崎が持っていた。それを出せ、と克己が手を伸ばすと尾崎がここで?といいながらも出してきた。
「あとはデザートだけですし、いいですけど…」
結局話があるなんてのも嘘だったんだ。ただ克己をゲームに引きずり込みたかっただけなのだろう。
「あ、俺のアパートここですよ」
結構大きく拡大されていた地図の一角を尾崎が指差した。
「…俺の大学と近いな」
「歩いて15分位かな」
この間尾崎のアパートまで行った時大学に近いとは全然分からなかった。通る道が違うだけで分からないものだ。
「いつでも来ていいですよ?…といってもほとんど仕事でいないですけど。残念ながら」
尾崎が肩を竦める。そこは聞かないふりをした。
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