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追憶の彼方から放されたい 19

 自分の分は払おうと思っていたのに克己がトイレに立っていた隙に支払いを済ませていたらしい尾崎はさっさと店を出て行って克己もそれについていくしかなかった。
 「払う」
 「いりません。言ったはずです。俺が誘ったので出させる気はないですから。しかも学生ですからね。言葉でありがとうとご馳走さまでいいです」
 「……」

 なんだか言われるとおりにするのも尺に障る気がするが…。
 「ゴチソウサマデシタ。アリガトウゴザイマス。オイシカッタデス」
 「………可愛くないですね」
 棒読みで言った克己を尾崎が呆れた表情で眺め、溜息を吐き出す。
 「それで?うちによりますか?」
 「帰る」

 口説くとか言われてほいほいとついていくはずがないだろうが。
 冗談じゃない。
 「手懐けるのが先ですからね。まだびくびく警戒してる状態だしね」
 ふふふと尾崎が不遜な笑いを漏らして克己はこのまま走って逃げようか、と考えてしまう。
 「電車で帰る」

 「ダメです。そこはね、仕事なんで。克己をちゃんと家まで帰すのが俺の仕事ですから」
 尾崎がそこには遊びを含めずはっきりと言う。確かに今のは仕事の一環というのは感じられ、そこは信用できると感じた。
 「今日は食事をゆっくりしてたので遅くなりましたからね、送っていきます。お持ち帰りはまた今度で」

 「……あからさまに言うな」
 「ええ。覚悟しといてください」
 「しない」
 尾崎は克己が生意気な口を利いてもそれを咎めることもなく反対に楽しんでいるらしいのが雰囲気で分かり、安心して口を開けた。尾崎が遊びのつもりなら克己が遠慮することもないだろう。

 そういえばコイツはもしかしたら義理の兄弟になっていたかもしれない相手だったな、とふと思い出した。
 「……再婚したのっていつ?」
 「ん?ああ、うちの親父と?」
 駐車場に向かって歩きながら聞いてみた。
 「俺が高校三年終わりごろ。大学から俺は一人暮らし始めたんであんまり一緒には暮らしてないけどね」
 「……」

 別に母親に会いたいなどと思った事もないが…。
 何しろ自分にどんな目を向けられるか分かっている事だ。
 自分がこんな力を持っていなかったら違っていたのだろうか…?そんな事を思ってしまい顔を俯けると尾崎が克己を見ているのが分かった。
 でも尾崎は何も言わずに克己をそっとしておいてくれる。
 こういう所を尾崎は突かない。

 「キミは将来は?」
 「…将来?」
 「親父さんの跡を継いで代議士目指す?」
 「まさか!あり得ない。…警察にこのまま…がありかな…。自分の力を知っているところというのがありがたいかもしれない。それに唯くんに毒されたのか、正義感でもないけど少しでも役に立つなら…とも思う」
 「……いいんじゃない?君にしかできない事だからね」

 確かにそんじゃそこらにごろごろとこんな力を持っている人が転がっているわけではないだろう。
 だが、人に改めてそう言われると少し気持ちが楽になった。
 ほんの少しだけ尾崎に感謝するがそれは言わない。
 地図はまだ尾崎が持ってくれていた。別にそれ位克己だって細いとはいえ男だし平気なのに尾崎は渡すつもりはないらしい。

 車に乗ってから手渡された。
 「あとは来週の火曜日だね。前日にまた電話する」
 こくりと克己は頷く。それは業務連絡だから当たり前だ。
 「それと俺が休みの時は連絡入れるからどこかに行こう」
 「行かない」
 「夏休みにどこも行かないなんてつまらないだろう?」

 そんなの別に毎年の事だしそんな事気にした事もないのに。
 「お兄ちゃんだと思って」
 「無理」
 「あ、よかった。お兄ちゃんだと思われたら堪らないからね」
 自分でふっておいて尾崎はそんな事を言う。

 だったら言わなきゃいいのに。
 やっぱり克己の反応を見て遊んでいるのだろう。
 夜の道路を走る車はそのまま克己の家に着いた。
 「ではまた連絡します」
 改まった口調の尾崎に克己はただ小さく頷いて車を降りた。ウィンドウがするりと下がる。

 「今日はご馳走様でした」
 「どういたしまして。また連れて行ってやるよ。夜景も料理も気に入ったらしいからね」
 克己の反応を黙って尾崎は観察していたらしい。確かにそうだったのでそこに反発は出来ずただ黙っていた。
 「じゃおやすみ。あんまり深く考え込まないように」
 それは力の方の事だ。
 そういえば尾崎のせいであまり深刻にならずにすんでいたかもしれない。

 「家に入って。ちゃんと入ったの確認してから出るから」
 それはいつもの事だったのでもう一度頭を小さく下げて克己は家に入ると尾崎はそれを見届けてから車を出し、走り去っていった。
 
 
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