少しずつ飲んでいたコーヒーがなくなってしばらくしてから克巳は店を出た。
暑いので混んでいる店内を知らんふりしながら随分と粘ったが用事もないのにいたって仕方ない。
仕方ないので帰って大学の課題でもしようか、と思ったら珍しく克巳の携帯が鳴った。
唯くんだった。
「もしもし?」
『江村さん』
「どうしたの?今日は武川刑事は休みじゃないのかな?」
『うん。お仕事です。…なんか色々考えちゃって…航さんにはあんまり難しく考えるなって言われるんだけど…』
「…分かるよ。俺もそうだから…。でも何も浮かばなくて今は一人で外に出てきてたとこなんだ」
『江村さん一人?』
「そう。あ、さっき光流くんに会って少し一緒にコーヒー飲んで話したけど」
『光流と?』
「そう。たまたまね。空手の帰りみたいだったよ。夕方は剣道だって帰っちゃったけど」
『土日は道場めぐりしてるって言ってた。あの…江村さん、もしよければ家に来ませんか?本当は僕が出かければいいんだけど…あんまり人いる所に一人で出かけたくないし…電車とかも…』
人と触れると気持ちが流れ込んでくるから唯くんは嫌なんだろうな、と克巳は納得する。
「俺は用事もないしいいけど…。いいのかな…?だって武川刑事いないんでしょう?」
『いないけど!あの…別に大丈夫ですっ。航さん…いっつも江村さん睨んじゃってるけど…ちゃんと分かってくれてるし』
「そう…?」
『そうなんです。江村さんには悪いなぁ…といっつも思うんですけど…』
しどろもどろになる唯くんが可愛いな、とつい唯くん相手だと克巳の表情が崩れる。
「じゃあ唯くんがいいなら伺わせていただくよ」
最寄の駅を聞いて三十分後に待ち合わせた。
「江村さん」
克巳が駅に着くと唯くんはすでに待っていてくれたらしい。
すぐに唯くんと会えてそのまま唯くんが武川刑事と住んでいるというマンションに向かった。
唯くんとゆっくり話がしたかったので声をかけてもらってかえってよかった位だ。
「いつもあんまり話できないから…声かけてもらって嬉しいよ」
「僕も!いっつももっと話したいな、って思ってたから。あの…航さんの事は気にしないでくださいね」
「してないよ。唯くんが可愛くて仕方ないんだろうな、と思ってるから大丈夫」
「……恥ずかしい」
そう言いながらも唯くんが幸せそうだ、と克巳はくすりと笑ってしまう。
マンションの部屋に案内されてすぐにまた克巳の携帯が鳴った。
滅多にかかってこない携帯が今日は忙しいらしい。
表示を見れば尾崎からで一瞬戸惑ったが無視することにした。
「…出なくていいんですか?」
唯くんにソファを進められながら一人用のソファの方に腰かけ鳴ったままの携帯を仕舞った。
「いいよ。尾崎だから」
「でも何か用事かも…」
「用事だったらまたかけてくるだろう」
なんとなくまたもやっとして電話に出る気はなかった。思い出すのはさっき見た光景だった。
別に気にする事じゃない、と思いながらそう思おうとしている事は気にしている証拠だ。
はぁ、と克巳は小さく息を吐き出した。
「尾崎さんって…どういう人ですか?」
「どう…」
どうと聞かれても克巳だってそんなに知っているわけでもない。
唯くんが麦茶をいれたグラスを運んできて駅から歩いて来た間も暑くてすぐに渇く喉を潤した。
「江村さんのお母さんの再婚相手の息子さん…ですよね」
「そう。だけど尾崎に会った事なんてなかったよ?母親から俺の事をちょっと聞いていたらしくて…」
「それって…?」
「尾崎は交番勤務だったらしいんだけど、俺の事があって…刑事になりたかったらしくてあわよくば…って思ったらしい」
「え…?」
唯くんが渋面を浮べた。
「それって江村さん利用したって事?」
「そこは別にいいんだ。おかげで唯くんに会えたし感謝したい位」
「僕も!嬉しいけど…尾崎さんはちょっと…」
「苦手?」
「…はい…すみません」
「別に謝る事ないけど?俺も初めは胡散臭いやつだなって思ってたし」
「胡散臭い…」
ぷふ、と唯くんが口を押さえて笑った。
そう…最初は胡散臭かったけど…今はそれほどでもない。
「本人曰く嘘はつかないし誠実だって」
「…合わない」
「だよね」
おおむね唯くんの尾崎に対する印象も克巳と変わりないものなのだろう。
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