「…帰りますか」
尾崎に声をかけられて皆で部屋を出た。
「江村さん!連絡入れますね!」
「分かった」
光流くんは唯くん達と帰るらしいが、気軽に克巳にも声をかけてきて克巳は頷いた。
「僕も!またいつでも来てくださいね!」
唯くんにも声をかけられて克巳は頷く。
こんなに気軽に声をかけられるのは初めての事だ。
小さい頃、父がまだ議員になっていないときでも祖父が議員でそれなりの地位にいたし、学校の先生の態度もどこか特別扱いにされていた。子供は敏感にそれを悟るし、それを知って近づいてくるのはろくでもない者ばかりだった。
それに自分の事もプラスされどうしても克巳は人の輪から隔離していたのに、この二人は気軽だ。
「…随分と仲がよろしいみたいですね。唯くんは分かりますが、武川本部長の息子さんとも…」
送られる尾崎の車に乗った途端にそんな事を尾崎に言われた。
「…ああ…大学が…俺と同じとこ志望らしい…し…」
やっぱり尾崎の顔は見られなくて、克巳は尾崎から顔を背けたままシートベルトに手を伸ばした。
「一昨日は…お二人と会ってた?」
「いや…光流くんとはたまたま偶然…ちょっと買い物に出た時に…。唯くんはその後…」
「ふぅん…。俺の電話には一回も出なかったのにね」
「……」
だって…尾崎は別に会ってる人がいたじゃないか。
そう言いたかったけどぐっと言葉を飲み込んだ。
言ってどうするのか…。そんなのに意味はないだろう。でも尾崎が誰と会ってようが克巳に関係ないように、克巳が誰と会っていたって尾崎には関係ないはずだ。
「…今度は出る。何か用事があれば…な…」
「別に一昨日は俺は休みだったから用事ではなかったですけどね。どこかに行こうかとお誘いの電話だっただけなんで」
尾崎がどこか苛立った口調だ。
やっぱり休みだったんだ。…休みの日に会う女性がいるのになんで克巳に電話なんでかけてきたのか。
訳が分からなくてイライラしてくる。
…いや、その前に食事に行った時に尾崎は休みの時に電話すると言ってたから律儀に電話をくれたのか。
どこにも遊びにも行かない克巳を哀れんだのだろうか…?
なんでデートする相手が別にいるのに尾崎が苛立っているのか。
「用事の時以外は電話するな、って事?」
「…ああ」
だって…そうだろう?別に何も関係がないのになんで休みの日に尾崎がわざわざ克巳に声をかけなきゃないんだ?
…彼女は別にいるのに…。
その前の食事の時はわりと時間を楽しめた感じがしたのに今は心もささくれたって尾崎ともちぐはぐな気がする。
互いが苛立っている感じだ。
尾崎が苛立つのも分かる。電話を散々無視したのは克巳だ。でも謝りたくもなかった。電話の内容も急ぎでも用事でもなくただ休みだったから電話を寄越しただけらしい。
だったら別に謝る必要もないはず。だいたい彼女がいるなら…って…。
「…ぁ…」
小さく克巳は声を上げた。
ずっと尾崎に苛立って顔も見てなかったけど…。
どきりと心臓が嫌な音を鳴らした。
まさか…。
そっと克巳は尾崎の方に顔を向け、運転する尾崎の横顔を見た。
一回見てしまうと視線を逸らせなくてじっと見てしまう。
すると克巳の視線に気づいて尾崎がぱっと克巳のほうに顔を向けてきた。
慌てて顔を背けて尾崎の視線から逃げる。
「…そんなに嫌わないでも…。この間はいい感じになってたのに…」
はぁ、と尾崎が克巳にも聞こえる位の溜息を吐き出した。
今日はどこにも行くも何も言わずただ黙って尾崎は運転し、克巳の自宅へと向かった。
尾崎から話しかけられる事もなく、克巳からも勿論話などしない。
どきどきとやけに心臓だけが早い鼓動を打っていた。
「また電話します」
克巳の家の前についてドアを開けるときに尾崎がそう言った。
「…俺以外に…」
かける人がいるだろうに…。
「ん?何です?」
克巳は顔を俯けたまま首を横に振った。
そして小さく頭を下げただけで門の中に足早に入ると尾崎の車はそのまま走り去っていった。
遠くなってから初めて克巳は顔をあげ、車の後ろからずっと視線を見えなくなるまで追った。
…嘘だ…と思いたい。
なんで、よりによって…。
でも尾崎のあの時の女性といる時の映像はくっきり脳裏にこびりついていて、それを思い出す度に面白くない気持ちになるのだ。
「…やめてくれ…」
克巳は頭を横にふって慌てて家の中に入り、自室へと籠もった。
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