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追憶の彼方から放されたい 29

 嘘だ。信じたくない、と思っても自分の心が自由にならない。
 日数が経っても気になるものは気になる。
 尾崎は休みであの女と会ってるのだろうか…?とぼうっとしながら考えてしまうと自己嫌悪に陥ってしまう。
 なんであんなヤローの事など考えなきゃいけないんだ、と思いながらまた考えている。そしてそんな自分に腹が立ってきてイライラしてくる。

 嫉妬なんて気のせいだ。
 自分の部屋で悶々としているとドアをノックされた。
 「克巳さん…旦那様がお呼びです」
 珍しいと思いながらも法要の事か、と克巳はすぐ行くと返事し、少ししてから父親の書斎のある一階へ降り、奥まった部屋に足を向けた。

 父親は今まで一度も克巳の力について問うた事もなければ、変な目でも見た事もなかった。その代わりに一切の事にも興味がないらしく成績についても学校についても何一つ聞かれた事もない。
 とりあえず落ちこぼれでもなかったし、成績は優秀で生活態度も力のおかげでおとなしいので文句はないはずだ。

 「克巳です」
 ノックすると入りなさいと声がかかった。
 家に帰って来ない日も多いのに今日は早い帰りだったらしい。
 ドアを開けて一歩足を踏み入れて克巳は眉を顰めた。
 父親は鞘に入った日本刀を手に持ち眺めていた。
 いいけど、その日本刀からはちょっとばかり嫌な感じを受ける。

 「法要の事だが、土曜の11時から、は聞いていたな?」
 「はい」 
 「10時過ぎに家を出るので仕度を済ませておくように」
 「…分かりました。…あ!」
 父親は日本刀を鞘から抜こうとしたのをつい咎める声で止めた。

 「なんだ?」
 「それ……抜かない方がいいよ…」
 「………そうなのか?…抜くとどうなる…?」
 「どう……」
 どう、と問われても克巳にも分からない。

 「妖刀村正みたいに血を吸わないと納まらないとか…?」
 「あ、いや…そこまでじゃないと思うけど…」
 「なんだ」
 「…不幸が振りかぶってきそう…な感じ…かな…」
 「抜かなければいいのか?」
 「とりあえずは。でも持っててもいい事はないかと思う」

 「ふぅん」
 父親は克巳の言葉を信じたのかしらないが、鞘から抜く事なくそれを離したので克巳はほっとした。
 父親はそれでも克巳の事を訝しむでもなく普通だ。
 「…近頃外に出る事が多いようだな」
 「え?ああ…ちょっと」

 克巳が外出している報告は受けていたらしい。そりゃ今までほとんど誰かと出かけるなんて事なかったのに車で迎えに来られて出かけるのだから報告もされるか、と思ったがそれ以上何を言われるでもなく克巳はじゃ、と父親の部屋を出た。
 一切がそんな感じだった。

 大学の志望を決めた時も報告しただけで、いいも悪いも何もない。いや、悪いとは言われないような大学だろうが。
 かえって克巳には気楽だった。反対される事もないし、束縛されるのでもない。
 それにしてもさっきの刀からは陰気な気が放たれていた。

 あれ位はっきりしてると見るのも楽なのに、なんて思ってしまう。幽霊の類などは遭遇した事はなかったから種類は別なのだろうか?とどうにも自分の力の種類が分からなくなってしまう。
 「ま、いっか」
 とりあえず自分が出来る範囲で事件に協力。これが今自分に合っている事だ。

 それはいいのだが…問題は尾崎だ。
 担当になっているから電話も会うのも必ずその機会があるから顔を合わせなくてはならなくなる。別な人に…って変えてもらえるのだろうか?
 それとも変えて、なんて言ったら尾崎は折角刑事になれたのにまた元に戻ってしまわないだろうか?
 折角克巳を利用してまでなりたかったという刑事だから…それはちょっと可哀相か?
 いや…別に克巳がそこまで考えてやらなくともいいはずだ。

 そしていつの間にかまた考えるのが尾崎の事になってしまってイラッとしてしまう。
 いてもいなくても苛立たしい奴だ。
 初めはなんともないただの存在でしかなかったのになんでこうなってしまったのか。

 廊下を歩いて階段を上り自室に向かいながら何度も溜息を漏らしてしまう。
 武川刑事みたいに唯くんを見る目が優しくて分かりやすいならいいのに…。
 「いや!違うって!」
 そこじゃない!と自分に否定する。

 だいたいにしてアイツが好きなんてないだろう。
 そう、なにか気持ちが間違ってるだけだ。
 ちょっと気を許したから…きっとそうに決まってる。

 
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