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追憶の彼方から放されたい 32

 …温かい。
 寒かったはずの体がまどろんだ意識の中でも温かくなっているのが分かった。
 雨に打たれてすっかり冷え切っていたのに…?
 どうやって帰ったっけ?
 はっとして克巳が目を覚ましたら目の前に尾崎の寝顔があった。

 「ぁっ!」
 小さく声を上げ体を起こそうとしたのに動かない。尾崎の腕が克巳の体をしっかりと抱きかかえているらしい。しかもどうやら何も着ていないらしく肌が密接している。
 「…ん?」
 尾崎が目の前で眉をしかめ、瞼を震わせた。

 「尾崎っ」
 「…あ?…起きた?何時だ?熱は?」
 外が明るくなっている。どうも朝日の感じ…という事は昨日は雨に打たれてそのまま…?
 尾崎の手が伸びてきて克巳の額に触れた。
 「まだちょっと熱あるな」
 そう言いながら尾崎は欠伸を漏らしながらベッドから起き上がった。

 尾崎はボクサーパンツ一枚。
 克巳の頭の中は何事があったのかとパニックを起こしていた。
 尾崎はふわ、とまた欠伸を漏らしながらパジャマの下を穿いて部屋を出て行ったと思ったらまた戻ってくると克巳の額に熱を下げる冷たいシートを黙って貼り付けた。

 どうやら冷蔵庫にそれを取りにいっていたらしい。
 いいけど…何がどうなってこうなってるんだ…?
 「上、着るか?」
 尾崎がパジャマの上を差し出してきて克巳はそれを布団から手だけを出して受け取った。
 「キミの着てた服は洗濯機ん中。今日一日あれば乾くだろ。まだ熱あるみたいだし今日はここでおとなしく寝てなさい。昼にも一回帰ってくるから」

 「…いや…いい…。…帰る…」
 「いいからいなさい。動いてまた熱出たらどうする」
 尾崎が手を伸ばしてチェストに置かれていた眼鏡を取り、かけるといつもの尾崎の顔になった。でも髪は下りてるのでいつもよりも若く見える。

 「なんで…俺…?」
 「なんで…って克巳が部屋の前にいたからだけど…覚えてないのか?」
 「あ、いや…雨降ってきて…近くにいたから…雨宿りして…」
 「全身びしょ濡れだった。ドアの前で座ったままで体も冷たくなってた。…昨日はたまたま早く帰ってきたからよかったけど、何を考えている?あのまま一晩中外にいたら肺炎にでもなっていただろう」
 「………」

 尾崎が静かにふつふつと怒っているのを感じた。
 「…すみません…。迷惑かけた…」
 「迷惑って言ってるんじゃない。電話よこすなりすればよかっただろう?」
 「…すぐ帰る…つもりだった」
 目が合わせられない。

 はぁ、と尾崎が溜息を吐き出し、そしてくしゃりと克巳の髪を撫でた。
 「とりあえず熱はだいぶ下がったみたいだしよかった」
 尾崎がそう言って寝室を出て行ったのでその隙に起き上がってのそのそと尾崎のパジャマを着こむ。
 「…でか…」
 しかし…布団の下の体が本当に何も身につけていなかったのに焦った。
 尾崎は下はつけてたみたいだけど…。

 全身下着の中まで濡れていたのは覚えてるからそれを全部尾崎に脱がされた…?
 かぁっと身体中真っ赤になってくる。
 いや、男同士なんだから何もそんな事気にする必要もないんだろうけど…。
 さっき見た尾崎の上半身裸の体とかも鮮明に目に焼きついて頭の中はもう何から考えていいのか分からなくなってくる。
 ベッドに半身起こして尾崎のパジャマを着たままぼうっとしていた。

 まだ熱がある?
 頭はパニックを起こしたままでぐちゃぐちゃだ。
 「克巳。起きられるかな?お粥作ったから起きれるならおいで」
 尾崎が寝室のドアから顔を覗かせた。
 「え…あ…」
 慌てて立ち上がろうとしてフローリングに足をついたが、何もつけていない下半身が心許ない。

 それでも尾崎のパジャマはでかくてすっぽりと隠れて見えはしないが…今更か?あんな状態だったので見られていないはずはないけど…。意識がある時とない時ではまた別だ。
 前を押さえながらリビングに行くとテレビはニュースが流れ、テーブルには鍋に入ったお粥と茶碗が置かれていた。
 「どうぞ。ああ、家の方には連絡入れといたから」
 「…え?」
 「熱が出てるので家に泊めますって言っといたけど余計な事は言ってない。俺の名前と住所位」

 「あ……」
 ありがとうと言えばいいのか、なんと言っていいのか…分からなくて小さくただ頷いた。
 「俺はあと仕事行くけど寝ていなさい」
 …いていいのだろうか…?
 さっきは怒ってたんじゃ…?

 自分が非常識な事をしたのは分かっている。顔を上げられないでいると尾崎がお粥をよそってくれて食べなさい、と言われて克巳はおずおずと手を伸ばしスプーンを口に運んだ。
 

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