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2012.08.12(日)
ご飯を食べ終え、明羅が片付けしていると怜はまた楽譜を引っ張り出してきていた。
「また愛の夢?」
「そ。どうしたらいいかなぁ、と。お前これの詩知ってる?」
「一応は」
「へぇ…。ん~…1、2、3番全部通して弾いてみるか…」
「<崇高な愛><至福の死><おお、愛されるかぎり愛せよ!>…。やっぱり有名な3番が聴き応えあるけど。貴方はリストが言ったという軽はずみな感じで弾いた?」
「ねっとりではないな。軽はずみってのも微妙だと俺は思うけど…曲を作った本人がそういってるのにな、とか考えた事は確かかな」
「怜さんの<愛の夢>でいいのに」
「愛が分からんからかも」
怜が苦笑浮べながら言った。
「……彼女とか、いないの?」
さらっと聞けただろうか?明羅は妙にどきどきした。
「今はいないな」
明羅は怜の返答に緊張したが怜は何でもない事のように答えた。そしていない、の言葉に明羅はほっとする。
「ん……?そういや…好きになった…のもいない、か?いつも付き合うのは言い寄られてま、いっか、みたいな感じだったから」
「………最低」
じとりと明羅は怜を見た。そう言いながら明羅は心が喜んでいた。
彼女がいないのならここにいても文句を言う人はいない。
そして怜のピアノは明羅の物だ。
でも怜に彼女が出来たら…?
いやだ…。
ぎゅっと心が苦しくなって怜を見つめた。
「なんだよ?あっちからいいって言うんだからいいだろ」
むっとしたように怜が言うのに明羅は笑みを零した。
「それって好きだ、付き合ってって言われたら誰でもいいの?」
「…誰でもじゃないが…。ああ、もう終わり!終わり!」
怜がシャットアウトした。
でもなんとなく明羅の心がもやもやしている。
明羅がこうしていられるのはいつまで?
彼女が出来ればまさかこんなわけには行かない。
二階堂 怜と知らなくたって背も高いし、かっこいいし、きっともてるだろう。
なんとなく明羅の心が苛立った。
そしてやっぱり明羅に浮かんでくるのはこの人が欲しい、だった。
ふるふると明羅は首を振った。
欲しいのは音だ。
明羅には出せない音。
でも…。
明羅はじっと怜を見つめた。
真剣に楽譜に見入っている。指が楽譜を追っていて、その手に明羅は視線が引き寄せられる。そして眉根の寄った顔。笑うと見える八重歯は口を引き結んでいて見えなくてちょっと残念だと思ってしまえば、やっぱりおかしいから、と自分で自分に突っ込む。
でもその真面目な横顔に明羅は視線が外せなくて。
色々な怜の事が思い出されて、明羅はやっぱりおかしい、と思ってしまう。
「……なに?」
明羅の顔を怜が面白そうに見た。
「一人で百面相?」
「や…え、と…俺あっち籠もってくる」
明羅はすくっと立ち上がって慌てて怜から離れた。
思ったより怜の顔が近くにあって明羅は驚いた。
低い声が間近で聞こえてぞくりと仄かに肌が粟立った。
ずるい。
あんな音して、かっこよくて、声までいいなんて。
明羅の持っていない欲しいところばっかりだ。
音もそうだけど自分の華奢な身体。怜にも言われたが薄い体毛。よく言われるのは中性的、だ。
声もそう。
どれもが男らしいからかけ離れている。
そのコンプレックスも怜は刺激しまくりなのだ。
でもそれを僻むとか、そんな事はない。それ以上にどうしたって惹かれてしまうのだ。
全部が…。どこもかしこもが明羅を引き寄せてしまう、と思う。
だからきっと甘えたくなるんだ。
こんな事ないのに。
怜も基本人を入れないって言っていたが、明羅だってそうだ。
一人でいた方が楽だ。
友達と遊びに行く事だってない。
休みはピアノばかり弾いていた。
それはここに来るまでずっとだ。
追い続けた音を求めて…。でもそれにたどり着けないのはもう、いや、やっと悟った。
今まで随分悪あがきをしていたと思う。
今日のラフマニノフ。あれを怜は明羅にくれるといった。
自分の為だけの。
明羅の頭に怜の音が思い出され、鳴り響きはじめた。
明羅はパソコンの前に座って静かにその音を思い出し、聞きほれる。
音が止むとパソコンの電源を入れ、かたかたとキーボードやシンセサイザーを忙しく動かした。