週明けて仕事に向かうのに電車に乗った。宗も出る時間が同じなので一緒に。
「……どうしよう、全然考えてなかったけど、清水課長とか…」
「ん?ああ。奴は大丈夫だろ」
宗が入り口近くに立つ瑞希を守るように瑞希の後ろに立っている。
「しかし…電車、いつもこの込み具合?」
そっと宗が瑞希の耳元に囁く。
その声に瑞希がぞくっと身体を震わせた。
「…いつも、だよ」
「これだめだろ。俺も毎日乗るか…」
「なんで?」
耳がくすぐったい。
電車の中も暑い位だけどそうじゃなくて宗の声に身体が火照ってくるのだ。
「だって瑞希の身体密着されるだろ……瑞希?」
耳まで熱くなってきて顔を俯けた。
「……無理だぞ」
「何言ってるの!」
瑞希がもずもずと身体を捩ると宗が耳元でくっと笑った。
「宗。もう宗とは一緒に乗らない!じゃ行ってくる」
瑞希の方が先に下りる駅に着いたのでつんと言い放ってさっさと宗から離れて駅に降りる。
後ろを振り向くと宗が苦笑しながら口をぱくつかせて何か言っている。
夜な…
それを読み取ってかっと瑞希は顔を赤くした。
会社に着いたら何事もなかったように清水も斉藤も普通で、どうしようと身構えて行った瑞希は拍子抜けした。
普通にいつものように業務をこなす。
そんな毎日が過ぎ去っていく。
仕事は大分慣れてきて毎日しなければならない事をいちいち聞く事は少なくなってきた。
けれどまだまだ覚える事はいっぱいだ。
忙しくしている間にすっかり瑞希はあった事など忘れていた。
業務で会社にいるか、外に行くにも近場で何件かは一人で行って来いと清水から言われて誰かと一緒に行動もなかったので質問される事もなかったのにほっとしてすっかり何事もなかったようになっていた。
宗の事でなければいくらでも取り繕う事が出来る。
清水が何を言ったのか、どうしたのか知らないけれど、斉藤からも何も言われないのにほっとする。
そんなある日にまた宗の大学近くで昼時になった。
いいのかな、と思いつつ宗に今どこ?近くにいるんだけど…とメールしてみた。
するとすぐ行くから近くのファミレスに入ってろとメールが返って来た。
思わず笑みが漏れてファミレスに入ると大学生の姿が多かった。
お一人様ですか?と聞かれたのに連れが後から来ますと告げ、席に案内される。
ちらちらと見られるのに、大学生の中にスーツ姿で一人は目立つな、と心の中で苦笑する。
清水と行った定食屋の方がしっくりくるだろう。
席に座った所に宗が現れた。
入り口できょろきょろして見渡し、瑞希を見つけると悠然と歩いてくる。
やっぱり宗はファミレスも合わない、と苦笑してしまう。
大学生達が宗を見て少しざわついているみたいに思えた。
有名人?
まぁ、宗ならありだろうけど、それで自分といる所見られていいのか?
「待たせた」
「ううん。全然。急にごめん」
宗が当然のように瑞希の向かいに座るとさらにざわついた感じがする。
「……なんか」
「ん?ああ、気にするな。どうも俺が二階堂の、ってバレたらしいからな」
なるほど、と頷く。
それプラスなんでも出来てかっこいい宗じゃ有名にならないはずないだろう。
「いいの?俺といて…?」
「いいに決まってるだろ。かえって都合いいな。…瑞希」
ちょいちょいと宗が人差し指で瑞希に顔を近づけろと合図したのに身体を前に乗り出した。
「何?」
宗が手を伸ばして瑞希の耳のあたりの髪をそっと触った。
どよっと声が聞こえる。
「…宗?」
「ん?」
宗が首を傾げながらにやりといたずらっ子のように笑った。
「これでいくらか煩い虫は排除できるかな」
ああ、女の子達もきっと寄ってくるんだ。
嫌だな…。
「心配すんな」
「してはいないけど…嫌なだけ」
宗がくすっと笑った。
「もう一押ししとくか」
食事が運ばれてくると宗が瑞希にそっち食わせろと言って口あけて待ってたりとか、口にソースついてると言って宗が瑞希の口を指で拭ったりとかするのに瑞希は頭を抱えた。
「………いいの?」
「いいの。隠す気ないっていっただろ」
二人が食べ終わるまで誰も席は立つ気はないらしい。そして神経がこっちを向いているのもびしばしと感じる。
宗がいいなら別にいいけど。
「あ、俺もう行かないと」
「おう、出ようぜ」
伝票は瑞希が持った。
「いいでしょ?」
「……だな」
くすっと宗が笑ったのに瑞希は笑みを溢した。いつもいつも宗が出してばっかりなのに。
学生の前で瑞希が払われているのはおかしいから、だ。
宗は色々考えてる。いつも瑞希にいいように。
立ち上がった拍子に瑞希は前の席に座っていた学生と視線が合ったのでくすりと微笑んでやる。
「……そんな顔見せてやるな。もったいない」
宗が面白くなさそうに呟いた。
-----------------------------------------------------------
お疲れ様でした^^
本編は以上になりますが、
明日から1p完結の小話をupしていきます~