「すみませんね」
「…え?」
衝立の向こうから声がしたと思ったら尾崎が席を移動してきて克巳の向いに座った。
「あ、れ…?」
克巳が一人で嬉しさを噛み締めているうちに女性は帰って行ったらしく姿はもうなかった。
「もう終わりましたよ。ったく…」
「?」
「あれは克巳のお母さんの方の親戚の女性ですよ?会った事ない?」
「…ない、と思うけど…」
そうなのか?
「お義母さんにストーカー被害に合っているみたいで相談に乗って欲しいと言われてね。仕方なく」
…そうなんだ。
なんだ…本当に自分は勝手に尾崎の彼女だと誤解していただけなんだ?
「それで?克巳はどこか行きたいところ考えましたか?」
「え?」
「…考えてなかったんだ?」
だって…どこが、なんて克巳には思い当たらない。
どうしよう…?どこか心が浮かれている気がする。
顔が緩みそうだ、と克巳は拳を作って口元を押さえた。
「克巳?」
尾崎に呼ばれて俯けていた顔を上げると尾崎が少しばかり目を瞠った。
「…どうしたんです?」
「何が?」
「いや…なんか可愛い顔になってるけど…?」
可愛いにはなってはいないと思うが、仄かにまた顔がふわっと熱くなってくる。
それに尾崎の格好が…いつもと違うし、雰囲気も若い。
髪が下りてるところが胡散臭くなくて好きだけど、それが目の前にあって、彼女が誤解だったと分かればどうしても気持ちが浮き足立ってくる。
ちらっと尾崎を見ると尾崎はじっと克巳を見ていて視線が合ってしまった。
かっとして思わず顔を俯けてしまう。
なんだかどうしていいか分からない。表情を出さないようにと思っているのにうまくいかなくて困る。
「…この間も…見かけたんだ」
「うん?」
「ここで…話してるとこ…」
「ああ、さっきの人と?声かけてくれればよかったの…」
尾崎が声を詰まらせて黙った。
何で黙ったんだろう?と克巳が上目遣いで尾崎を見ると尾崎は考え込むようにしながら克巳を見ていた。
うわ、また目が合った!と克巳は慌ててコーヒーに口をつけた。
「…もしかして誤解してた?」
「…誤解?」
「彼女かと思った?」
「……思った…」
「ふぅん」
尾崎がにやりと笑った。
「どこかに行こうかと思ったけど今日はやめておこうかな」
ん?じゃあ…もうこれで終わり…?
なんだ…と克巳はしゅんとしてしまった。
別にどこに行きたいというわけでもなかったけれど、尾崎にせっかく会えたのに、と思ったところで自分でも随分可愛い事を思ってしまった、と焦る。
「克巳、店出るからコーヒー飲んじゃって」
「あ、…う、ん」
急かされればそうするしかなくて克巳は一気に残りのコーヒーを流し込んだ。
「じゃ行きますよ」
立ち上がった尾崎について克巳も立ち上がると尾崎に腕を掴まれた。
「…え?」
尾崎の手が克巳の腕を掴んで引っ張られながら店を出た。
尾崎の手の体温が伝わってくる。
何?どういう事だ?
「駐車場。車なので」
尾崎は前を向いたままで、克巳の腕は逃さないと言わんばかりに離してくれない。
出かけないけど、送ってくれるという事か…。
手、離してと言えばいいのにそれも言わないで尾崎にされるままにしておいてしまう。肌に伝わる尾崎の体温が嬉しいから…とか何を思ってしまうのか…。
外は暑くて汗ばむのになんで肌が触れるのを享受してるのか。
電車でもなんでも人と触れ合うのは避けたい位なのに、尾崎限定でそうは思わないらしい。
引っ張られる腕と掴んでいる尾崎の大きい手が克巳の視界に見える。
かぁっとして顔を俯けていると足がつんのめってもつれそうになった。だが尾崎に腕を捕まれていてぐいと持ち上げられるようにして転ぶ事もない。
「歩くの…早い」
「すみませんね。ちょっと急いでたので」
何を急いでいたのか?急な用事でも出来たのか。
そのまま通りを歩いて無言で駐車場まで連れていかれると車に乗せられた。いつも乗っている尾崎の車だ。
送って行くとも言われないまま尾崎は車のエンジンをかけると駐車場を出て行く。
「…なんか食いモンあったかな…」
尾崎が呟いて克巳は顔を尾崎に向けた。
「まいっか…後で考えよう」
尾崎が克巳の視線に気づいたのかちらりと克巳を見て笑みを浮べたけどまた前を向いて車を走らせた。
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