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追憶の彼方から放されたい 48

 「……こういうことされて嫌じゃない?」
 尾崎の声が耳に聞こえる。けど、頭がよく働かない。わんわんと頭の中が揺れている感じがするが、尾崎の言っている事は聞こえた。
 「別に…」
 「やじゃないんだ?」
 嫌なんてない。…むしろ嬉しい位だ。
 でもそれを言っていいのかも分からなくて黙っておく。

 「…今日の相手…前にも見たと言ったけど…その日は克巳が俺の電話無視した日だったはず?」
 「……そうだった?」
 克巳はしらばっくれる事にした。そんなの克巳が勝手に面白くないと思っただけで、それを尾崎に知られるのはばつが悪い気がするし、みっともない。
 「…克巳」
 くいとまた顎に手をかけられて上を向かせられた。

 尾崎はどこか楽しんでいるように見える表情で余裕があるように見え、それに対抗するように克巳は顔を取り繕った。
 「…なんだ…可愛くならないな…」
 尾崎が小さく呟く。
 「…離せ」
 「や、ですね」
 克巳が尾崎の胸を押すがびくともしない。

 動悸が激しくなっているから離れたいのに。
 尾崎はからかってくるような口調と態度だ。そのくせ腕は克巳を離さない。
 「…この間の…嫌じゃなかったのかな…?」
 この間の…って?
 少し考えてはっとした。ベッドでされた事か…?
 それも嫌なはずはない。ただどんな意味で尾崎がしたのか分からなかっただけだ。

 「…別に」
 声が、取り繕うとして硬くなる。
 「克巳にとっては別に、ってそれだけの事なんだ…?」
 尾崎が眉を顰めるようにして言った。そして声に苛立ちが交じってる…?
 「友達とかいないって言ってたのに、ああいうのには慣れているのかい?」
 んなわけあるか!と克巳はかっとする。

 「動じてもいないようだったし…」
 尾崎は勝手な事を言う。だがどうしても緊張からか声が出ない。
 ふいと克巳は尾崎から顔を横に背けた。

 こんなにいっぱいいっぱいになっているのに!
 全然分かっていないんだ、と思えば悔しくなってくる。こんなに翻弄されているのに。
 たった女性といる所を見ただけでもずっと凹んでいたのにそんなの尾崎は全然分かっていない。もしかして、なんて淡い期待をしていたのも打ち砕かれた気分だ。

 「武川本部長の息子さんとも仲良さそうだしね…」
 小さく尾崎が呟く言葉に克巳が渋面を作る。
 「どういう意味だ」
 「彼も武川刑事に似てかっこいいですよね。キミが女性といる所は見た事がないけど…キミは綺麗で女性の方が避けそうだし…男の方がいい?」
 「っ!」

 かっとして尾崎の頬を殴ろうと手を振りかざすとその手を掴まれた。
 そしてそのまま強引に唇を重ねてきた。
 「んっ!」
 やめろ、と克巳が抵抗するとますます尾崎の腕は力を入れて克巳の自由を奪っていく。
 そして無理やり重ねられた唇からぬるりと尾崎の舌が克巳の口腔に侵入してきた。

 こんなの違う!
 克巳をねじ伏せるように尾崎は力で克巳を押さえつけてキスする。
 舌を絡められて吸われて口腔を犯している。
 キスしてくれない、と思っていたけれど、こんなのは違う。蕩けるように甘えたいのにこれじゃ陵辱だ。

 それなのに…心の端っこの片隅では喜んでいる自分がいる。こんな気持ちのない一方的なキスでも尾崎がキスしているという事実に歓喜している部分があるんだ。
 悔しい…自分だけが翻弄されてるんだ。
 バカみたいだ…。

 だから違う、とやめろと自分に言い聞かせていたのに。心がいう事を聞いてくれないからこんな事になるんだ。
 つっと涙が零れて抗っていた力を抜いた。力で尾崎に敵うはずなどない。
 「っ!」
 力を抜いた克巳に尾崎が驚いたようにして唇を離し体の拘束も解いた。

 「克巳…?」
 そして今度はさっきの乱暴さとは裏腹にそうっと克巳の体を抱きしめてきた。
 「…すみません…。泣かせたいんじゃないのに…」
 尾崎の声が苦しそうに響いた。そして宥めるように克巳の背を擦って撫でる。
 克巳は顔を尾崎の胸に伏せ、シャツを掴んだ。

 「…克巳…逃げるなら逃げてもいいです…」
 尾崎が克巳の頭にキスしながら囁いた。
 逃げる…?どうして…?
 顔を上げ尾崎の顔を見ると尾崎の方が苦しそうに眉間に深く皺が刻まれていた。

 なんで尾崎がこんな顔をしているのだろうか。されたのは克巳なのに!
 その尾崎がそっと一滴流した克巳の目元を拭い、克巳はそれに惹かれるように顔を近づけると目を瞑り自分からキスをねだるように目を閉じた。
 
 
 
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