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追憶の彼方から放されたい 61

 夜に尾崎から携帯に電話が来た。
 『やっぱり帰ったんだ?』
 「…そりゃ。何?もう部屋?」
 尾崎の声が近いな…と少し照れくさい。

 『今日は早めに帰ってきたんだけど…寂しく一人寝か…』
 そんなの克巳だって同じだ。
 『明日はどうです?いつもの俺の終わる時間よりも早いですからその後食事でもして泊まりに来ませんか?』
 「……い、い…よ」

 『じゃあ着替えとか用意しておいてくださいね。あ、明日も朝九時半頃にお迎えにあがります。ああ、克巳の家の家政婦さんにも挨拶しておきましょうかね』
 「な、なんで!?」
 『だってお泊りが多くなりますから。安心していただかないと。お父様はいらっしゃらないといいのですが…まさかねぇ?』
 元妻の再婚相手の息子では確かにばつが悪いな。

 「大丈夫だろう。今日も帰ってくるのか知らないし」
 『そうですか?』
 尾崎の声は電話越しでも上機嫌だ。
 「あの…」
 『うん?なんです?』

 もう聞くだけでも恥ずかしい位に尾崎の声の調子は上向きだ。
 案外分かりやすい男だったんだ、と恥かしくなるし嬉しくもなる。
 「その…俺の言い方…嫌じゃない…か?その…敬語にもなってない、し…」
 『全然?そんな事気にする事じゃないですけど?』
 「そ、そう、…か…?」

 『ええ』
 くっと尾崎が笑っている。
 『キミはそのままでいいです。十分可愛いですから。ああ、セックスの時だけは名前で呼んでくれれば文句なしです』
 「そ……れは、努力…する」
 くくっとまた尾崎が笑う。

 「……馬鹿にしてるだろう?」
 『違います。可愛いなぁと思ってるだけなのに…。バカにしてるとか胡散臭いとか散々言われてるな…』
 「あ、いや…今は胡散臭くはない、けど…」 
 そう答えれば尾崎が声を出して笑い出した。
 『克巳は真面目ですね…別にどう思われようがキミが俺を選んでくれたんのなら俺に文句なんてないですよ』

 「そうか…?」
 『そうです。ではまた明日ね。お泊りの用意しておいてください』
 「…ん」
 尾崎のにやける顔が見えそうだ、と思ってしまう。そして尾崎はきっと克巳が動揺して赤くなってしまっているだろう顔を思い浮かべてでもいるのだろうか?

 「…おやすみ」
 『おやすみ。また明日』
 「…ん」
 切れた電話がむず痒い。
 業務連絡のみの電話がほとんどだったのにこんなに違うなんて。
 それにこんなに電話だけで恥かしいような嬉しいようなどきどきした感じになるのだろうか…?

 はぁ、と克巳は溜息を吐き出した。
 「…顔が熱い」
 なにしろ友達もいなかったくらいでレベルが高い気がする。
 強引にセックスしちゃってよかったのかもしれない…。もしかしたらあんな風に尾崎に押されなかったら一人でぐだぐだと悩んでいたのかも…。

 大体にして尾崎が女性と会ってたというだけで勝手にそう思いこんで八つ当たりみたいにしたし、あてつけみたいに行ってみたりと自分でもぐちゃぐちゃだった。
 それが一気に解消されて今みたいに今度は蕩けそうになってるんだから不思議だ。
 「…疲れる」
 今までにない感情が克巳を振り回している気がするけどそれは嫌じゃないんだから…やっぱり好きなんだな、と思う。

 「……明日…大丈夫だろうか…?」
 唯くんと光流くんには気持ちがバレているけど…なんか全部なし崩しにバレそうな気もする。なんといっても克巳よりも恋愛スキルは二人の方が上だ。
 恥ずかしいからいつもと同じようにを心がけよう…と克巳は一人で決めた。
 それにしても昨日も尾崎と一緒に寝て尾崎の腕の中だった。部屋はエアコンをつけて涼しくしてわざわざくっ付いて寝るんだから…。

 でもそれが心地いいとも思う。
 今日は一人。尾崎もそう言ってたけど。
 唯くんが一緒に住む気持ちも分かるな、と納得してしまう。
 守られるように包まれるのは気持ちよかった。ずっと自分は一人だと言い聞かせていたから。誰かに無防備に寄りかかるなんて出来なかったから…。

 でも何もできない自分が寄りかかってばかりじゃダメな気がする。全部を受け止めてくれる尾崎に対して自分が出来る事は何があるのか?
 …考えても何もなさそうな気がする。
 克巳は一人で眉を顰めて考え込んでしまった。
 
 
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