尾崎の携帯はフリーハンドにしててひっきりなしに連絡が入ってきた。
普段の装備のほとんどは署に置いてあるらしく本当に丸腰らしい。
現場は大きな娯楽施設の大型駐車場だった。
途中の道路は閉鎖されたり交通規制がかかっているのはあたりまえだろう。
犯人はまだおとなしくしているらしいが、中の状況も全然分からないらしいが、このままだと規制で中に入れないので、途中の交番に車を置き、熊谷さんが克巳と尾崎をピックアップに寄ってくれるらしい。
尾崎の車がその指定の交番に入るとすぐに迎えの警察車両がやってきて尾崎と一緒に後部座席に乗った。
もう夜も更けようとしている時間だ。
尾崎の手が克巳の身体を労るように肩を抱いていた。
そりゃ直前までさんざん尾崎に苛められていた身体は悲鳴をあげそうだ。
「克巳くん!見えるって!?」
熊谷さんが運転しながら克巳を興奮したような顔で振り返った。
「そうなんです…。尾崎とテレビ見て…見えないかと思ったら…テレビの中身が見えました」
これはマヌケだな、と思うけれどテレビはあくまでテレビでバスは映像なんだから当たり前だ。
「途中隣の車とか覗いたらやっぱり透けて見えるみたいで。…今まで意識してそんな事見た事もなかったから自分でも驚いてるんですけど…」
「普段は普通に見える?」
「はい」
自分でも動揺はしていると思う。また人から離れていくのではないか、という思いもちらと頭を過ぎってしまう。
車を規制で止められたが熊谷さんが警察手帳を開示してそのまま中に通され、道路をひた走る。
規制のかかった道路を走っているのはパトカーや緊急車両だけだった。
交通量はすくないのに道路だけでも緊迫感が伝わってくる。
「ちょっとこのまま待ってて。武川本部長探してくるから。克巳くんがこのまま出て行ったら目撃がふえちゃうからね。尾崎くんついてて」
「はい」
熊谷さんはそう言って機動隊や警察官で山になっている中に飛びこんでいった。
車の中からバスが見えないかと思ったが場所は近くとも事件の舞台になっている駐車場の中ではないらしく肝心のバスが見えない。
「克巳、まだ休んでていいよ」
ぐいと尾崎が落ち着かない克巳の身体を胸に抱きしめた。
「…そう?でも…」
「いいから。今から緊張しても大変だ。そこの先の道路を曲がると駐車場だ。すぐ目の前だから焦らない」
「…ん」
尾崎は正確にバスジャックされている場所を把握しているらしい。
尾崎の心臓の音が聞こえる。
「…落ち着く」
「ん?」
回りはかなりざわついているというのに車の中で隔離されているここだけが異空間のように静かな空気が流れているようだった。
「…キスする?」
「いらない」
「…なんだ。もっと落ち着かせてあげようかと思ったのに」
「落ち着くか!」
周囲がざわついてる一角の車の中なだけでひっきりなしに走っていく音や怒声なんかが聞こえてくるのにキスするとかありえないだろう。
ヘリコプターが何台も飛んで旋回してる音、サーチライトなど外は異様な光景のはずなのに尾崎がふざけた事を言う所為で知らず知らずにしていた興奮が落ち着いてきたようだった。
「克巳、悪かったね…」
「何が?」
「身体しんどくしちゃって」
「そ、れはっ!べ、別に…」
だってまさかこんな事になるって分かってたわけじゃないし。
「…予想外でしたけど。せめて今日じゃなかったらよかったのに」
尾崎はさらにそんな気が抜けたような事を言うので克巳の肩の力は抜けてしまう。
しばらく車の中で尾崎が克巳を落ち着かせるように肩をさすりながら抱きしめて、克巳もそれに安心して身を委ねていた。
身体がだるいというのも勿論で、こんな時なのにエアコンがきいた車内で尾崎の体温を感じれば眠くなってきそうだった。
本当ならもう尾崎のベッドで尾崎と寝ているはずだったのだから当然だ。
「克巳?眠い?…さすが大物だな」
呆れたような尾崎の声が降ってきた。
「…眠くない」
むっとして言い返すけれど説得力がないのは確かだ。
「いいよ?少しでも寝る?」
「いや」
今そこに現場があるのに寝るなんて出来ないだろう。
そう思いつつも身体が疲弊していて沈んでいきそうだ、と思っていたら車のドアが開いた。
「克巳くん!見えるって!?」
熊谷さんと光流くんのお父さんがそれぞれ運転席と助手席から顔を覗かせた。
「はい。直接見られれば…見えると思います」
「尾崎、本部に連れて行く。克巳くんの保護。報道陣に顔を撮られないようにな」
「了解です」
尾崎が克巳を離すと自分の着ていたダークスーツの上着を脱いで克巳の頭にかぶせた。
「行く」
尾崎に抱き抱えられるようにして車を降りた。前に光流くんのお父さん、尾崎の反対側の隣に熊谷さんがぴったりと立って克巳を守るようにして警察官の溢れる山の中を縫うようにして本部テントまで連れて行かれた。
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