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追憶の彼方から放されたい 73

 尾崎に庇われるように身体を覆われながらテントに入った。
 そこにはお偉い様だけがいるらしく克巳は場違いだ、と思うような空気だった。
 「江村 克巳くんです。あと江村くん担当の警視庁刑事部尾崎くん」
 「ああ、江村議員の」
 光流くんのお父さんよりも年上らしい人、克巳の父親位の人とさらにそれよりもちょっと年下位の人、光流くんのお父さん、あと若いけどエリート然としている人が3人いた。

 「さっそくだが…」
 中にはモニターが置かれている。光流くんのお父さんが促してきた。
 「モニターじゃ…」
 克巳は首を振った。
 尾崎は黙って克巳の脇に立ち克巳だけに神経を向けているようだ。
 「大丈夫、見える位置だ」
 克巳は頷いてテントの隙間から外を覗いた。

 「…遠い」
 夜だがサーチライトが当てられてバスは見える。見えるけど距離が大分ある。
 それでも目をこらしでバスを凝視した。
 ぱっと見ではバスにはカーテンが引かれ中の様子が見えない。
 でも…。

 「人が後部の方に固まってます。人数まではちょっとここからじゃ数えられない」
 「犯人らしき人物はいるか?何人?凶器は何か持って…?」
 「…んん…前の方に立っている人がいる…。一人。何か手に持ってるけど…」
 何かまでは見えなくて克巳は首を横に振った。
 「もう少し…警官の立っている一番前に行けば確実に見えそうなんだけど…」

 「危険だ」
 尾崎がすかさず首を振って答える。
 「でもここじゃよく見えない」
 克巳は目を凝らしながらバスを見た。もっと何か見えないだろうか?
 見えるは見えるんだけど、明瞭ではないし近くもないのではっきりと判別がつかない。夜というのもある。サーチライトで照らされていても夜は夜だ。

 犯人からの要求は何もなくただひたすらバスに籠もっているだけらしい。
 緊迫した空気がずっと続いている中、ヘリコプターの音や無線の音が響いている。
 「…なんか…」
 犯人と思われる人物のシルエットが変だ。
 「江村くん、顔は見える?もうすぐ乗客名簿と顔写真が届く予定なのだが」
 光流くんのお父さんの声。お偉いさんはあまり無駄な事は口にせずじっとただそこにいるだけらしい。

 「顔は…もう少し近づけば見えそうだけど……それより…なんか身体に巻いてる…?」
 「…何を?」 
 「分からないけど…」
 言っていいのだろうか…?まるで映画を見ているみたいな光景だ。
 「尾崎…」
 尾崎に不安な目を向けると尾崎が勇気付けるように克巳の肩を抱いた。

 「言って。なんでもいいです」
 小さく尾崎が後押しするように克巳の目を見て頷きながら言った。
 「あの…映画みたいな…時限爆弾…みたいな…?」
 ぴりっとテント内にさらに緊張が走った。目に見えそうな位の。

 「わ、分からない…ですけど…暗くてよく見えないし…でもなんか腹のとこにデシタルの数字が…見えるような…」
 「それは読めるか!?」
 克巳は小さく首を横に振った。
 「小さくて見えない」
 「失礼します!乗客名簿来ました」
 テントに重装備した機動隊が入ってきた。
 並べられた会議用テーブルに顔を突き合わせてお偉いさんだろう人達が見ている。

 「バスは高速を使って都内に入っている。途中でインター休憩はあっても人は乗せていない。最初から乗客か…」
 克巳は何か見えないだろうかとずっとバスを睨めたままで、尾崎もずっと克巳の隣にいる。何かあった時の為か落ち着かせるためか、尾崎の手は克巳の肩にかかったままだ。
 「ね?克巳…」
 「ん?」
 「双眼鏡とかで見えない?」

 「え…?あ…どうだろう…?俺も使った事ないし…分からない」
 「本部長」
 すぐに双眼鏡が持ってこられた。この現場で双眼鏡はきっといくつもあるだろう。
 克巳は渡されたそれを手に覗いて見た。
 「…どう?」
 小さい声で尾崎が聞いてくる。

 「見える……みたい」
 自分でもびっくりして尾崎と顔を合わせた。
 「江村くん!年はいくつ位!」
 「40は越してる…かな。眼鏡かけて小太り、…あ、やっぱりお腹になんかベルトつけて巻いてる」
 「デジタルは?時計?」
 「…時計…。数字が…こっち向かないので見えない。手は拳銃…でも本物かどうか俺にはわからないけど…」

 「コイツか!?」
 光流くんのお父さんが一枚の紙を持って克巳の傍に走ってくると突き出し、克巳は双眼鏡から目を離しそれを見て頷く。
 特徴がはっきりしているので写真だけでも頷ける。髪は薄く丸眼鏡、冴えない顔つきだ。バスの中で緊張しているのか顔は強張っているようにも見えたが間違いないと思う。
 「高校の化学の教師…」
 光流くんのお父さんが呟いた。
 
 
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