「あっ!」
乗客の一人が動いた。
「動きました!」
そしてパンという乾いた発砲音。
「銃を蹴り落とされてます!」
『突入!』
克巳が双眼鏡を外すとなだれ込むように重装備の警察官がバスの中に入っていくのが見えた。一体何人入って行ったのか。
克己は遠くからただそれを眺めるしかない。
このまま終われるのだろうかと固唾を呑んで見守るしかない。
しばらくバスの中からは誰も降りてくるわけでもなく緊張した時間が流れる。
そしてバスから警察官に押さえ込まれた犯人が連れ出されてきた。克己が見た不気味なシルエットはなくなっている。
じゃあちゃんと爆発物らしきものは外されたのか?
はぁ、と大きく息を吐き出し身体の力が抜けそうになると尾崎ががしりと克己の身体を支えた。
「もう大丈夫でしょう。克己は座って休んで」
「…ん」
安心したからか立っていられない位に身体がふらふらで尾崎に抱きかかえられるようにしながらどうにかパイプ椅子に座った。
「お疲れさん」
熊谷さんがどこから持ってきたのかペットボトルを差し出してきて克巳は礼を言いながらそれを受け取り喉に流し込んだ。
「けが人は…?あの人は大丈夫かな?撃たれてないだろうか?」
「本部長、けが人は?克己が気にしてますが」
尾崎が克己のまだ外していなかった無線から聞いている。
『発砲はあったが今の所なしだ』
簡潔な答えが返ってきて克己は安心した。目の前で誰かが怪我とか死ぬとかは見たくない。
そっと尾崎が克己の無線機器を外してくれる。
もう腕を上げるのもだるい位に疲弊した。そういえば忘れてたけど、元々だるかったんだった…。
尾崎をちろりと睨んだ。
「…大丈夫ですか?」
苦笑を浮かべて尾崎が聞いてきて克己はふんと鼻を鳴らした。
「いやぁ…見事だったね!」
お偉いさんが手を叩いて喜んでいる。
でも何か違う。犯人が捕まったのがよかったとか、乗客が無事でよかったとかそういった種類で喜んでいるんではない。
「尾崎くん、江村くん連れて帰っていいよ。あとはこっちでどうにかするから」
熊谷さんが車のキーを尾崎に渡していた。
「車はそのまま尾崎くんの車停めてたとこに置いてていい」
「分かりました。克己、帰りましょう」
「…ん」
尾崎と熊谷さんがお偉いさんに挨拶して克己も軽く頭を下げて尾崎と一緒にテントを出ると外はかなりの混乱した様子でそれに紛れて置いて来た車まで戻った。
「克己は後ろで横になってていいですよ?しんどいでしょう?」
「…じゃあそうする」
素直に頷いて後部座席のドアを開けごろりと横になれば大きな溜息が漏れた。
「すみませんね…身体辛いのに…」
尾崎がすまなさそうに言うのが気に入らない。
「別に。身体つらいのは尾崎のせいだけど…そこに謝る事ないだろ。それに悪いのは犯人だ」
「……そうですけどね」
尾崎がくすりと笑って車出しますよ、と言うと静かに車が走り出した。
身体が座席に沈みこみそうな位に疲れている。それなのに頭は妙に冴えていて眠気はやってこない。
「寝てていいですよ?」
「それが身体は疲れてるのに眠くないんだ」
克己が困ったように言うと尾崎が空気を和らげたのが分かった。
「事件の興奮まだ治まらないかな?」
「うん…多分ね。早く部屋に帰って尾崎のベッドで寝たい」
尾崎の腕と体温があったら落ち着いて気持ちよく眠れそうだ。
「そうですね。大活躍でしたから」
「…でもないと思うけど。結局役立っていたんだかいないんだか」
「克己がいなかったら大惨事になっていたかもしれないですよ?警察は夜中に動こうとはしないでしょうから…朝まで長期戦の構えだったはずです。そうしたらもしかしたら爆発してたかも」
「でも本物の爆弾じゃなかったかも?」
「まぁそれは調べてからでしょうけどね。なんにせよ早期解決は克己のおかげですよ」
「…だといいな。…はぁ、わざわざ自分から人からさらに外れるような事を人前で晒すなんて…」
「……本当はあの人達の前では見せたくなかったんですけどね」
「あの人達?」
「そう」
尾崎はそれ以上口にしないけれど克己も分かった。あそこにいたお偉いさんの事だ。克己の事を好奇心だけで面白そうに眺めていた。
あれだったら嫌悪されるほうがましだ、といわんばかりのねっとりとした視線だった。
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