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追憶の彼方から放されたい 82

 翌日、まだ身体は幾分だるかったが大分昨日よりはよくなった。
 尾崎から朝に昼にと電話がかかってきて体調を確認させられたのには照れくさいやら恥ずかしいやらだった。
 それでも気にしてもらえるのが嬉しいとか、自分も相当恥ずかしいヤツになった気がする。
 また携帯が鳴って誰かと思ったら唯くんだった。

 「もしもし?」
 『江村さん!テレビでやってるバスジャックのとこにいたって聞いたんですけど』
 「そうなんだ。バスの中見えないかな…と思ったら見えて」
 『すごーい!』
 唯くんは純粋に賞賛だけの声を上げるからそれに笑ってしまった。

 「でも多分そのせいだと思うんだけど、身体がだるくてね」
 『え?そのせい?』
 「多分だけど…、俺は普段は車の中とかまでは見ようとも思った事もないし見えないんだ。それを無理して見た、って感じだと思う。身体がだるいだけで別に気分悪いとかはないんだけどね」

 『体力も使ったって事なのかな…?』
 「どうだろう?自分でも初めての事で分からないんだ。ただの夏バテの可能性もなくもないかもしれないけど」
 『電話もつらい?』
 「全然。唯くんの声聞けて嬉しいよ」
 唯くんにならすんなり言葉が出るんだけどな…と苦笑したくなる。

 「暇してたから本当に電話くれて嬉しいよ」
 『よかった』
 それから事件であった事なんかを話したり他愛もない事を話して唯くんはお大事にしてくださいと電話を切った。
 唯くんと話しているとほんわりと優しい気持ちになれる。
 すると今度は珍しい事に部屋にノックの音がした。

 「克巳さん、雅彦さんからお電話なんですけど」
 家政婦の声にベッドから立ち上がってドアを開けた。
 「出るよ」
 子機を受け取って何の用事だろうかと少し悩んでから今日は随分と電話がなる日だな、と思いながら電話に出た。 

 「もしもし?克巳ですが」
 『ああ、雅彦です。この間の法事はお疲れ様』
 「…はぁ」
 別に法事の時は克巳は座っていただけで疲れもしなかったが。

 訝しげな声になってしまう。個人的に電話など寄越したこともないのになんでわざわざ電話してきたのか目的が分からない。
 相手の克巳を見る時の狡猾そうな目を思い出しながら克巳は眉間に皺を寄せた。
 ベッドにゆっくりと腰かけ相手が何を言い出すのか待った。
 克巳からは何も用事もない。

 『聞いたよ?大活躍だったんだってね?』
 「大活躍?」
 『しらばっくれちゃって。バスジャックの時の事だよ?』
 何故コイツが知っている?
 『それで君に興味持った人がいてね。会わせたいんだ』
 「俺は会いたくもない」

 『ダメなんだな。君の恋人が男って本当?しかも相手警察の人なんでしょう?』
 何故!?
 「……何を言ってる」
 『隠そうとしたってダメだよ?それともセフレなの?他にも男がいるのかな?綺麗な顔してるしねぇ?』
 下卑た顔まで浮かんできそうで克巳の手が震えてきた。

 『警察を辞めさせるのって簡単なんだ』
 くすくすと電話口で雅彦のいやらしい笑い声が聞こえてくる。
 『会わせたい人の都合聞いてからになるけど、辞めさせたくなかったら言う事聞いてね?あ、この事彼氏に言わないように。言っちゃってもどうしようもないと思うけど。言ったらすぐに処分されちゃうよ』
 「………」

 『携帯の番号教えて』
 なんでコイツなんかの言いなりにならなきゃないのか、と思いながらも携帯の番号を口にする。
 『じゃあ後は携帯に連絡するよ。そうそう勿論伯父さんにも内緒にね?息子がホモだって週刊誌にでもリークしちゃうよ?』
 じゃ、と電話か笑い声と一緒に切れたが、持っていた電話の子機を投げつけたい気分になった。

 何が目的なのだろうか…?
 尾崎を辞めさせる?
 事件の時に本部にいた嫌な目で見てきたお偉いさんを思い出した。
 尾崎に言うか?でももし本当に尾崎が辞めさせられる事になったら…。
 どうしたらいい…?

 克巳は難しい顔で考え込んだ。とりあえず目的が何かが分からない。多分克巳の人外の力に関係があるのだろうが、とは思う。
 そうじゃなきゃバスジャックの事を口にはしないだろう。
 訳が分からなくて気持ち悪い。
 なんでこんな事になったのだろうか…?
 
 
 
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