父親は地方視察でしばらくは留守らしい。克巳は父親のスケジュールを知らないけれど、家政婦は正確に分かっているらしく、夕飯の時にそれとなく聞いてみたらそう言われた。
「雅彦さんからの電話はなんだったのですか?」
「なんかそのうち会おうって」
嘘をつくまでもない事だろうとそう告げた。
「…会社が危ないとか聞きましたけどねぇ」
「…そうなのか?」
法事の時に大物議員と知り合ったとか言って自慢していたのを思い出す。
「今日は尾崎さんはいらっしゃらないのでしょうか?」
「…忙しいらしい」
昼以降電話もないのでそれしか考えられないが…。まさか何かあったわけじゃないよな?と一瞬不安が過ぎる。
「ごちそうさま」
さっさと食事を終わらせて自室に戻りベッドに横になった。
まだ少しだけだるさが残っているが体調はもうほとんどよくなっている。今悪いのは気分だ。
わけの分からない雅彦の接触の電話のせいだ。
何が目的なのかも分からなくてイライラする。
何を言われたってどうされたって尾崎と離れる気はないが…でも自分は尾崎を邪魔してるのではないだろうか?
尾崎は警察官だし…。
克巳の父親も議員で近い将来大臣に選ばれるとも言われている。
自分の存在自体が邪魔なのじゃないだろうか…?
はぁ、と大きく溜息を吐き出してしまう。
だから人となんか接触しない方がよかったんじゃないか…。でももう無理だ。
安心出来る腕を知っている。激しい熱も知った。与えてくれるのは尾崎だけなんだ。自分が尾崎の邪魔になったり足枷になるような真似はしたくない。それに父親にも、だ。
どうしたらいいのだろうか…。
なにもかも投げ出したくなってくる。
ずっと幸せな気持ちだったのがたった一つの電話だけで打ち砕かれそうだった。
いくら克巳が考えてもとにかく詳しい事情が分からないのでどうしようもないがただ頭だけがぐるぐると回っていた。
とにかく尾崎の立場は守らなければならない。それだけははっきりしていた。
「…胡散臭いと思ってたのにな」
自分で自分がおかしい。尾崎が何度も言うように初めは上辺だけの関係だったはずなのに。
しばらく一人でベッドでごろごろしながら悩んでいた。
携帯の電話が鳴って一瞬雅彦からかと焦って表示を見れば尾崎からだった。
「もしもし」
『まだ寝てなかった?具合はいかがです?』
「寝てない。体はもう大分いいよ」
『それならよかった』
ほっとしたような尾崎の声に克巳も声を聞いただけで安堵する。通常尾崎は声を荒たげることもなく穏やかな声音だ。物腰もそう。なのになんで胡散臭く感じたかといえば、身の内に潜む激情をひた隠しにしているからだったのだと思う。
たまに尾崎の目の奥に現れる劣情に気づけばそれを押し隠して今の尾崎があるのだろうと分かった。眼鏡の壁がそれを抑えているようにも思えた。
電話口で尾崎の後ろがざわついている事に気づいた。いつもだともう帰って来ている時間なはずだが…。
「…もしかしてまだ仕事中なのか?」
『そうなんです。ちょっとね。今日は帰れそうになくて…しばらくは忙しくなりそうなんですよ。本当は今日も克巳の具合を確かめに行きたい所だったんですけどねぇ』
「もうほとんどよくなったから大丈夫だ。…仕事頑張って」
『そうします。せっかくの旅行がポシャらないようにしないと。あ、宿は内風呂がある所を取れましたので期待しといてください』
尾崎が小さな声で囁くように話す。
「内風呂…?」
『そう。人の目を気にしなくていいでしょう?』
「………まぁ」
男二人で内風呂というのもどうかと思うが…。
せめて自分が尾崎と同い年位だければ仕事関係でと思われるかもしれないが、尾崎と克巳ではどうしたってそうは見えないはず。
でもそんな事の心配よりも今は雅彦の件をどうにかしないといけない。
『絶対にそこまでには解決させて行きますからね。克巳も体調を万全にしといてくださいよ』
「大丈夫だよ」
『それならいいですが。何かあったらいつでも電話下さい。ちょっと忙しくて出られない時もあるかもしれないですが、俺の最優先は克巳なので。これは仕事もプライヴェートもです』
「…ん。俺は大丈夫だ。…旅行も…楽しみにしてるから…ちゃんと仕事終わらせろ」
『了解です』
くすりと尾崎が笑う。
『時間あるときは俺からも電話しますね』
「ああ。…いつでもいい」
『はい。ではおやすみなさい。ゆっくり休んで下さい』
尾崎の穏やかな声に克巳の心が落ち着いてくる。
尾崎に余計な事は言えない。克巳は切れた携帯を握りしめ天井を睨んだ。
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