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追憶の彼方から放されたい 87

 歩く途中で家に電話をかけて尾崎の部屋に泊まると連絡をいれ、そのまま尾崎のアパートに向かった。
 夜になっていたがまだ人通りはあり人の存在にほっとしている自分がいた。
 気持ち悪い…。
 触られたところが痒くなってきそうだった。

 撫でられた手や触られた首や顎から体が腐食していきそうに思えてくる。
 電車を降りると走って尾崎のアパートに向かった。
 外の駐車場に尾崎の車がない。やはりいないんだ、とがっくりしてしまうが、仕事なのだから仕方ない。階段を駆け上がり合鍵で尾崎の部屋のドアを開けて中に入った。

 あの事件の日以来もう何日も来ていなかった。克巳が体調を崩し、尾崎は忙しくなったから…。会うのもほとんど会えていない状態だった。
 尾崎の部屋についてほっとして克巳は尾崎に電話をかけた。
 「着いたよ」
 『…分かりました。後はゆっくり寝ててください』
 「…ん」

 尾崎は忙しいのかそれだけ言って電話を切り、克巳は風呂場に向かった。
 ごしごしと何度も触れられた場所を洗った。尾崎がいれば触れてもらってキスして忘れられたかもしれないと思ったが何かあったとバレる可能性の方が大きいだろう。
 表情を変えなくとも尾崎には気づかれるはず。電話でさえも何かあったか、と尾崎は聞いて来た位だ。

 今はさっさと体を綺麗にして尾崎の匂いのするベッドで眠りたい。
 風呂を上がりタオルで体を拭くと裸のままで部屋を横切り電気を消してそのまま尾崎のベッドに入った。
 本当に帰っていないらしい。人のいない部屋はエアコンがなかなか効かずにむわっとした熱い空気が溜まっていた。それに気配もなんとなく尾崎があまり帰ってきていない雰囲気を出してどこか素っ気無い感じに思える。

 「…帰ってこいよ」
 仕事なんだから仕方ないと思いつつ、それでも尾崎の匂いが残るベッドに包まればどこか安心はして克巳は目を閉じた。
 尾崎の腕があればもっと安心出来るのに…。
 そう思いながら素肌に尾崎の匂いを纏わせて克巳は目を閉じた。


 カチャカチャという物音に克巳は目を覚ました。
 「克巳…っ」
 玄関が開いたと思ったら尾崎の声にほっとした。
 外はすでに明るくなっていて、克巳は尾崎のベッドで熟睡していたらしい。
 「尾崎…」
 寝室に顔を出した尾崎の姿を見て泣きそうなくらいにほっとした。

 「克巳…」
 そっと尾崎がベッドの傍まで近づいてきて克巳を布団ごと抱きしめてくるとそのままキスしてきた。
 久しぶりのキスだ。
 尾崎の首に自分から腕を回して抱きついた。
 すぐに濃厚なキスになって互いに貪るようなキスになってしまう。

 だって足りなかった。
 昨日は不安だったし…。
 舌を絡め、唾液が交わる。
 朝目覚めてすぐにこれか、と思わなくもないがそんな事よりも尾崎を確かめたかった。
 「ああ…ダメです。すぐに出ないと…」

 尾崎が名残惜しそうに克巳から離れて溜息を吐き出した。
 「……というか…なんで裸なんですか…」
 はぁ、と尾崎がもう一つ溜息を吐き出す。
 半身起き上がった克巳は勿論何も着ないで寝たので裸だ。
 「…着替え持ってこなかったし」
 それは言い訳で本当は自分に尾崎の匂いを纏わせたかっただけだ。

 尾崎は克巳の肩に手を置くと点検するように克巳の体に手を這わせじっと体を凝視していく。首から胸を手を滑らせながら。
 「尾崎?」
 検分するかのような尾崎の目に克巳が頭を傾げた。
 「あ…いえ…。キスマークもう消えちゃいましたね」
 「……ああ」
 くい、と克巳はつけろといわんばかりに尾崎にむかって首筋を見せた。

 「…首は目立つから」
 尾崎は克巳の鎖骨下あたりにそっと顔を寄せると克巳の肌を吸い上げた。
 「んッ」
 痛みを感じるほどキツく吸われて声を上げるが尾崎はさらに別の場所にも唇を這わせて克巳の肌に痕を残していく。
 「いたっ…」

 「……我慢してください。キツくあとつけておきます。キミは俺のものですからね」
 「……当たり前だ」
 尾崎の手が克巳の背中を宥めるように優しく撫でながらそれとは正反対にキツく肌を吸い上げていく。
 「…もっと…」
 いっぱい証拠を残しておけばいい。自分は誰のものになるつもりもないんだ。

 刻印をつけて欲しい克巳に尾崎は分かってるといわんばかりに克巳の肌のあちこちに鬱血の痕を散らしていく。
 「もっと…」
 克巳は自分からさらにとねだると尾崎もそれに答えるべく克巳の身体中に痕を残していった。
 
 
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