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追憶の彼方から放されたい 94

 食べていなかったという克巳の為に尾崎は有無を言わさずスープとリゾットを頼み、他にも消化のいいようなものを頼んでくれた。
 「そんなに食べられない位だったら全部を言ってくれればよかったんです」
 固い怒った口調で注文を終えた尾崎が克巳に向かって口を開いた。

 「いや…別に食べられないってわけじゃ…」
 しどろもどろになってしまうのは尾崎に隠してたという疚しい気持ちがあるからだ。そしてじろりと尾崎に睨まれて克巳はソファに座ってペットボトルに口をつけたまま肩を竦める。
 「………ごめん」

 「全部話してもらいます。…といっても多分もう大体分かってるんですが」
 「え…?」
 分かってる?克巳は全然分かっていないけど…?
 どうして尾崎が今日来たのか?あんな格好をしていたのか?黒のスーツは誰で、ここにいた人も誰か?
 眉間にしわを寄せて克巳が呻ると尾崎がくすりと笑った。
 やっと尾崎の表情が和らいだのに克巳はほっとした。

 「そ、そういえば!あんな所で人に…っ」
 今もバスローブの合わせ目から克巳の体には点々とした痕が見えている。
 「ああ…恥かしかった?お仕置きだって言ったでしょう?…とはいえ見せたくもなかったのが本心だけど。西岡がキミに興味津々だったので牽制したんです」

 「……西岡って…黒のスーツ?」
 「そう」
 「あれって…誰?」
 「竜正会組長」
 「………暴力団?」
 「そう」
 尾崎が平然として頷いている。

 「それ、って…まずくない、…の?」
 「まずいでしょうね」
 何でもない事のように尾崎が頷いている。
 「あの…さっきここにいた人は…?」
 「ああ。あれはグローバル企業のKWコーポレイションの社長です。会社名聞いた事ある?」
 「……あるけど」

 「梶原グループの御曹司ですよ」
 「………」
 克巳はますます分からなくなって尾崎を凝視してしまう。
 「その人達…尾崎の何?」
 「ダチ」
 聞いても頭がこんがらがってしまう。暴力団の組長に日本のトップに位置するだろう企業の御曹司が…ダチ?

 「いずれも悪い事してた時代の仲間なんです」
 尾崎が苦笑を漏らす。
 「まぁ、その辺りはおいおいにと言ったのでそのうちにね。今日は俺は梶原のフリしてたんですよ。あの趣味悪いスーツは梶原のです」
 ぷっと克巳は小さく笑ってしまった。

 「昔っからあいつの服は趣味悪かったが…」
 ぶつぶつと尾崎が文句を言っている。
 「似合ってたけど…?」
 「はぁ?ふざけないでください。ったく…どんだけ心配したと思ってるんだか…」
 「…うん…。……ごめん」

 「もう一つ。キミのお父さんにも協力してもらってます」
 「……は?」
 克巳はきょとんとした。
 「後ろ盾は多い方がいいですからね。キミのお父さんは警視総監と友人だそうで。副がアレですからね。ならその上に協力してもらわないとね」
 「…………」

 なんか…頭がついていかないんだけど…?
 何がどうなって色々あちこちが繋がってるんだ…?
 「尾崎…?なんか…全然わかんないんだけど…?」
 克巳が顔を顰めていると尾崎は余裕の笑みでくすりと笑った。
 「一人で抱え込まないでちゃんと相談しなさいって事です。…バカですね」
 尾崎がそっと克巳のバスローズを着た肩をそっと抱きしめてきて克巳はそろそろと手を伸ばし尾崎のバスローブの合わせ目を掴んだ。

 「尾崎を…守んなきゃ…って」
 「…俺?……俺を楯に脅されてた?」
 小さく克巳が頷いた。
 「尾崎が…せっかく刑事になったのに…」
 はぁ、と尾崎が大きく溜息を吐き出す。

 「あのね。いくら刑事になりたかったとはいえ大事な人を守れない刑事になんかなりたくないですが?それ位だったら警察なんて辞めたっていいです」
 「ダメだ」
 「ダメじゃない。全然克巳は分かってない。何もなかったみたいですからいいですけど、これでもし克巳に何かあれば俺はいつでも犯罪者側に回る自信がありますね」

 「…自信って」
 「冗談なんかじゃないですよ?」
 尾崎はくすりと笑みを浮べたがその目が笑っていない。
 「たった一人大事な人を守れないヤツが刑事なんかしていいわけないでしょう?」
 「……尾崎…ごめん…」

 「頼られないくらいじゃ俺はまだまだですけどね」
 「そうじゃない…」
 尾崎の事が大事だったから…。でも克巳がそう思って一人で抱え込んだ事は結局独りよがりだったんだ。自分一人で何も出来ないのに抱え込む方が間違っていたんだ。
 
 
 
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