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追憶の彼方から放されたい 95

 部屋にドアホンが鳴ってルームサービスが運ばれてきた。
 克巳はソファに沈みこむようにしてホテルの従業員には顔を合わせないようにして背中を向けていた。
 そういえば…とちらとベッドを確認して密かに克巳は顔が火照ってきた。

 ベッドがダブルサイズだ。
 そこに男二人でいるってどうなんだ?
 落ち着いてくるとたらたらと冷や汗が流れてきそうだ。
 さらにそこにバスローブ姿で二人でいるとか。

 …それなのに尾崎は全然堂々としたものでなぜそんな平然としていられるのか克巳には理解できそうにない。
 早く部屋から出て行って欲しい、と克巳はひたすら小さくなってじっとしていた。
 セットし終えると従業員が一礼して部屋を出て行き克巳はほっとしてしまうと尾崎はそんな克巳に気づいたのかふっと笑った。

 「気にする事ないのに」
 「するに決まってるだろ」
 「とりあえず話の前に飯です」
 尾崎が克巳の手を引いてテーブルごと運ばれてきてセットされた夕食の前に座らせられた。

 「丸一日食べてないって事?」
 「…ええと…昨日の…昼以来…」
 「何考えてるんですか!」
 「…食欲なかった」
 はぁと尾崎が大きな溜息を吐き出した。
 「ゆっくり食べて」

 小さくなりながら克巳は頷いていただきます、と声も小さくしながらリゾットを口に運んだ。
 じんわりと温かいリゾットが口から身体に広がって温まっていくようで、その熱が広がるのと同じく安心感も広がっていくようだ。
 ほっと安堵の息を吐き出し、心も落ち着いてきたのか食欲も湧いてきたようだった。
 「食べられそう?」
 「……ん」
 尾崎が克巳の食べ具合を見ながらやはり安心したように頷いた。
 「こっちも食べる?」

 尾崎が頼んだのは肉のステーキで一切れナイフとフォークで切ると克巳の口に差し出してきた。
 「栄養取ったほうがいいでしょう」
 食べたいかな、と差し出されるまま克巳は口を開けてかぷりと尾崎の肉を貰った。
 「ん…お腹すいてたみたいだ」
 「当然でしょう」
 尾崎が手を伸ばしてきたと思ったら克巳の口元を指で拭った。

 「ソースついてました」
 うわぁ…と克巳は恥ずかしい事されてどうしようかとうろたえたくなったが、尾崎が平然としてそのまままた自分の皿に向かったので何でもない事かと克巳も顔を俯け、慌てた様にリゾットを口に運ぶ。
 「ゆっくり、です。火傷しますよ」
 尾崎が手を伸ばして克巳の腕を掴んだ。

 「わ、わかってる」
 かぁっと顔が赤くなってくるのが自分でも分かった。
 心臓がうるさいし、緊張もしている気がする。熱に浮かされるように気持ちと気分がふわふわしているし。
 バスローブ姿のままで尾崎を前にこんな事になっているのが信じられない感じだ。
 尾崎に触れられるだけで火傷しそうだよ、と思いながらリゾットを火傷しないように気をつけ口に運ぶ。

 一口運ぶ事に安心感が広がっていく。
 ちらっと向かいに座る尾崎に視線を向けると尾崎がじっと克巳を見ていて視線が絡まった。
 その瞳の奥には隠しきれない熱が見えるように克巳にも分かる位に熱の籠もった眼差しで克巳を見ていて、かっとした身体に克巳は慌てて尾崎から視線を外した。

 でも尾崎の視線を感じる。
 尾崎は食事をしながらも克巳をじっと見ていた。バスローブの合わせ目が目に入り、そこに尾崎がつけたキスマークが点々とついているのが自分の視界に入ってうわ、と慌てて前をかき合わせる。
 「…別に俺がつけたんですから隠さなくとも」
 「…そ…だけど」
 そこをじっと見られていたのが分かって恥ずかしいんだ。

 どうしよう…。見られているだけでも視姦されているように視線で感じて体が疼いてきそうだ。それ位尾崎の目が欲情を浮かべて自分を見ているというのが分かり、恥ずかしいとも思うがほっと安心もした。
 「な…んで…見せた…んだよ」
 あの場で尾崎がわざわざコレを人に見せたのが解せなかった。

 「お仕置きです。それと西岡に俺のものだと自慢したかった…かな。ちょっと克巳に興味も持ってたしね。牽制も兼ねて」
 「………あの人は、俺が…その……尾崎と……って…知って…?」
 「知ってて協力してたはずなんですけどね。克巳が可愛いからちょっかいだそうと見え見えだったので。まぁ本当に克巳をどうにかとはさすがに考えてなかったでしょうけど」

 それ位信頼している友達って事なのだろうか?
 「食べ終わったらゆっくりと、ね」
 尾崎がゆったりとした口調で言ったのだがその口調は決して許してはいないと告げられているように感じた。
 
 
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