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追憶の彼方から放されたい 103

 考えたって克巳がどうにか出来るわけでもなく早々に放棄した。かえって変な風に思い込んでしまう可能性だってあるわけで、尾崎にお仕置きだなんだと言われるのも避けたい。
 本当は自分が尾崎の力になりたいし、守られるだけも嫌なのだが今の現状ではおとなしく言う事を聞くのが一番協力してる事になるのかもしれないと思うと自分が情けなくなる。

 女じゃないんだから自分だって尾崎を守れる存在になりたいのに…。
 尾崎じゃないけど、克巳だって誰かを守りたいなんて思う存在が出来ると思っていなかった。
 自分は普通の人と違うから…そう思っていたけれど、人を想うのに力は関係なかった。
 尾崎はまったくもって普通の時に力の事は何一つ言わないし、克巳はいつも尾崎の前では普通でいられる。

 だからこそ大事な存在だった。
 ぼうっと一日部屋でのんびりしてるなんて昨日の時点では考えられなかった事だが、全部を尾崎が分かってくれている今は尾崎に任せてしまって呆けてる始末だ。

 …だから甘えてしまってダメなんだよな、と思いつつ昨日の野生的な尾崎の所為で身体は少々辛い事になっていたので仕方ない。
 夕方尾崎から確認の電話が来たが雅彦からも電話もなく変わりないと告げる。
 「なぁ?雅彦の資金繰りって会社の為?」
 『いえ、使い込みですよ。横領。だから金が欲しいんです』

 「…最低だな」
 『そういうことです。…というかキミがそれに巻き込まれることになんでなったのか…』
 はぁと尾崎が呆れた溜息を吐き出した。
 『横領の証拠はつかめてますが、それ以外のがね…色々手を出してる分の証拠がまだ揃ってなくて。今日は彼は会食の予定らしいので連絡はないと思いますが…』

 電話口で尾崎以外の声がごちゃごちゃと聞こえた。
 『なんで?嫌に決まってるだろ』
 尾崎はどうやら同僚と一緒にいるらしく、そっちに向かって返事しているようだ。
 『あ、すみませんね。邪魔された』
 「いやいいけど…。何?」

 まだなんか電話口で押し問答をしている。
 『うるせぇぞ。いやね、克巳に会わせろってうるさいんです』
 「俺?なんで?」
 『いえ。会わなくていいです』
 さらに電話口で何か騒いでるのが聞こえて克巳は笑ってしまう。

 『今日も帰られるかどうか分からないですけどまた電話できればします。何かあったらすぐ連絡。いいですね』
 「ん…分かった」
 『あとはおとなしく、ね』
 くすりと尾崎が笑ったのを感じて仄かに顔が火照る。
 「お前の所為だろっ」
 『そうですけど。すみません。では』
 「ん。…頑張って」
 『はい』

 尾崎の電話が切れる。全然すみません、なんて思っていないすみませんだ。克巳も望んだことなので勿論それでいいんだけど、わざとらしいすみませんなのだ。
 そういう所が馬鹿にしてるのかな、と思ったけれど今はそれほど気にならない。尾崎が自分を取り繕っているのが分かるから克巳も表情が緩まってしまう。

 ちょっとの電話でもそれ位尾崎が気にしてくれているんだと心がじわりと温かくなる。
 今まで誰も克巳にこんな気持ちを与えてくれる人はいなかった。母親にさえ捨てられた自分をこんなに思ってくれるのが母親の再婚相手の息子だなんて皮肉だとは思うが、尾崎の言う通りにそれは他人だ。

 もし義兄弟になっていたらどうなっていたのだろう?
 それでもやっぱり変わらないかな、とも思う。
 尾崎は尾崎だから。
 誰に何を言われてももう尾崎の代わりはいない。自分から吹聴して回る気はないけれど、尾崎もそう思ってくれているのだろうか?

 だから克巳の父親にも宣言したのだろうか?
 今の所父親からは何も連絡もないしどう思われているのか分からないが、とりあえず尾崎の事は信用されたのだとは思う。
 調べられたらしいし克巳が雅彦の件に巻き込まれてるのも知ってもそのまま尾崎が任せられてるという事はそういう事なのだろう。

 でもだからといって克巳の事をどうでもいいと思っているわけでもないらしい。すぐに友達だという警視総監に連絡したそうだから。
 今まで面と向かって深く話した事はなかったがそれなりに気にはされていたのだろうか?
 自分からも近寄らないから知らなかっただけなのだろうか?
 自分の家のことですら克巳は全然分からない。
 もしかしたら尾崎の方が深いところまで話しているのかも、と父親と尾崎が並んでいる所を想像して変な気分になった。
 
 
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