電話からは尾崎の制止の声だ。
そして家政婦は何事かとおろおろとしている。
「ああ、ごめんね、大丈夫だよ。お父さんに雅彦に連れられて出かけたと言っといてくれる?」
「わ、分かりました」
克巳が家政婦に向かって言えば家政婦が青い顔色で頷いていた。
ゆっくりした足取りで玄関に向かい靴を履く。
『克巳!』
「ごめん。でも門の外で色々騒がれるの困るんだ」
『そんなの誰かが警察に通報するまで放っておけ。出るな』
「そういうわけにいかないよ」
『いいから!克巳』
尾崎の切羽詰った声。
そうした方がいいのかもしれないけれど…でももしあとから騒がれたらどうするんだ。父親も困るし尾崎だって困るに決まってる。
「尾崎…信じて待ってるから」
『ああ!くそ…分かりましたよ!絶対助けに行く』
「ん」
克巳は頷いた。
「………待ってる。携帯はこのまま持つつもりだけど…」
『気づかない位バカだといいが…』
尾崎の言い方にくすりと笑って携帯を穿いていたカーゴパンツのポケットに突っ込み、そして玄関を開けた。
「車乗って」
雅彦がにっこりと笑みを浮かべて門の前に立っていた。だがその顔はかなり切羽詰っているような感じで顔色はどす黒く疲れきった表情だった。見るだけでも何かあったと分かる位に異常だ。
何も言わずに道路に止めてあった車の後部座席に乗り込んだ。
「……どこに?」
「言うと思う?そんなわけないだろう!」
雅彦が大きく声を荒たげて叫び克巳は身体を竦ませる。
尾行されているのに気づいていないのだろうか?それならそれで克巳にとっては助かるが…。
焦りと苛立ち、落ち着かなくきょろきょろと挙動不審を繰り返すのを克巳は後ろから観察していた。
このまま車で移動して携帯も持っていればGPSも入っているし問題はない。きっと待っていれば尾崎が助けに来てくれるだろう。…うまくいけば。
「車を捨てる。お前携帯置いてけ」
「え…?」
「え、じゃない!持ってるんだろう!?GPSも入ってんだろう?ああ?」
雅彦は追い詰められた顔をしている。
「…分かった」
「いいか?逃げるんじゃないぞ?見ろ」
「…あ!」
克巳は小さく叫んで顔を顰めた。
「拳銃…」
雅彦はスーツの上着の内側から銃を取り出し克巳に向かってチラつかせた。
「お前が逃げる素振りを見せたらそこら中にぶっぱなしてやる」
青黒い顔は全部が捨て鉢になっているようだ。
「…分かった。携帯も…置いてく」
「いいな!お前を人質にとったら叔父さん助けてくれるかな?でももうそんな時間もねぇな」
あははと狂ったような笑い声を上げて克巳はぞっとする。もうすでに狂っているのかもしれない。
駅の乗車スペースに車を入れると携帯を置けと顎で指示して克巳は携帯を座席に置いた。
「来い」
左ハンドルだった車から降りて後部座席を開けると克巳の腕を引っ張り駅構内に入った。
「後ろから尾行られてるからな。お前も知ってるんだろう?」
克巳は引っ張られながら首を横に振った。
「別に今更嘘つかなくていいぞ?」
ホームに人にぶつかりながら足早に腕を引っ張られて向かい、そのまま発車しますというアナウンスの流れる電車に飛び乗りさせられた。
「いいか?余計な動きするな」
雅彦の目はもうすでに正気じゃない色を見せている。克巳を掴んでいない方の片手は常にスーツの内側を探っており、銃を取り出せるようにしているらしい。
「本当はお前が高く売れるはずだったのに!」
吐き捨てられる言葉。
「なんでこんな事…?これからどうするんだ?」
「さぁね!」
かなり投げやりな言動だった。
「お前を高く売ってどこか外国にでも高飛びするつもりだったんだけどな…うまくいかない」
恨みがましい目を向けられる。
「お前も少し騒ぐなり顔色変えるとかしないのか?可愛げがない。小さい頃からそうだ。いつでも高い所からお前は見下しているんだ!」
「そんなつもりは…」
「うるせぇ!」
八つ当たりの僻みだ。目の焦点も虚ろに見える。電車に乗った人が雅彦を遠巻きにして行くのがわかる。
「降りるぞ」
雅彦は尾行を撒くためにだろうか何回も電車を乗り継ぎ克巳は逆らいもせずそれに従順に従った。
かえって時間稼ぎになっていいはず。携帯を離してGPSは使えないだろうけれど、尾崎を信じて…。
先行きが見えないながらも自分にそう言い聞かせていた。
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