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追憶の彼方から放されたい 109

 刑事達は動かない。
 睨み合っているともう一度雅彦が訳が分からない叫び声をあげた。
 「拳銃を放せっ!」
 ヒステリーみたいに騒いだその瞬間に睨みあう警察から声が上がり、その瞬間に克巳は思い切り肘を雅彦に向けて打ち付けた。

 「克巳!」
 尾崎がその一瞬で飛び込むように駆けて来て雅彦の銃が尾崎の方を向きパンという乾いた音が響く。
 「尾崎っ!」
 雅彦がさらにトリガーにかかっていた指を引いて刑事の方に向かって何度も発砲した。

 尾崎が飛んできて克巳の身体を覆うようにして倒される。刑事がなだれ込んで来て、雅彦はパンパンと四方八方に喚きながらトリガーを引いていたがすぐに刑事達によって取り押さえられ、一瞬騒然とした後にしんと静まり返った。
 「尾崎…?」
 「…克巳…大丈夫?」
 尾崎の声が抱きすくめられた克巳の耳に小さく響いた。

 「大丈夫だ…」
 「……間に合った?」
 「ん」
 一瞬尾崎が撃たれたのかと思ったが大丈夫だったらしいと克巳もほっとした。
 そっと尾崎の背中に腕を回して抱きつく。

 「お、ざき…」
 確保!逮捕!と声が入り乱れている中尾崎がそっと克巳を立たせるとスーツの上着を脱いで上半身裸だった上にかけてくれ包んでくれた。
 「尾崎ッ!」
 「え?ああ大丈夫ですよ?掠っただけなんで」
 「でもっ!」
 尾崎の肩から赤い血がじわりとシャツに広がっていた。

 「尾崎!撃たれたか!?」
 「いえ!掠っただけです」
 尾崎が克巳の身体をしっかりと片手で抱え込むようにしながらそう答えている。その声はしっかりとしていて克巳は本当に大丈夫なんだとほうっと息を吐き出し、そして尾崎のシャツをぎゅっと掴んだ。
 「克巳、外に」
 「…ん」

 尾崎に連れられて部屋から外に出た。
 警察官が山ほどいて、入り乱れている。
 「尾崎撃たれたか?病院行け。救急車呼ぶか?」
 「いりませんよ。恥ずかしいからやめてください」
 尾崎の手が克巳の身体をしっかりと抱きしめ、克巳も確かめるように身体を縮めながら尾崎のシャツを掴んでいた。

 「あ!尾崎さん、病院」
 階段を下りながらたくさんの警察官とすれ違い、尾崎はあちこちから声をかけられていたが、そのうちの一人が尾崎の横に立った。
 「ああ、頼む。…ヘマしたなぁ…みっともない。あ、克巳コレが俺の相棒ね」
 「山口です」
 「江村です」
 ちょこんと克巳は頭を下げた。

 はた、と尾崎にべったりくっ付いたままでいいのか?と思いながらも尾崎が手を離さないのでいいか、とそのままにしておく。
 じろじろと山口と名乗った刑事が克巳を見ていた。
 「見すぎ」
 「だって!尾崎さんの仔猫ちゃんでしょ?本当に綺麗な子だぁ」
 「………仔猫?」
 克巳がぴきっと反応すると尾崎が苦笑を漏らした。

 「すみませんね。ほら克巳が熱出した時に仔猫がうちにいるんで、と昼に寄ったから…」
 …同僚が車にいる、ってそういえば言ってたな。あの時車にいたのがこの人か。
 「会わせてくださいって言っても全然会わせてくんないし」
 「当たり前だ。勿体無い。あ、電話するからちょっと待って」
 一階までゆっくり階段を降りた後、警察車両がいっぱい並ぶ中の一台に克巳が押し込まれ尾崎が隣に座ると携帯を出した。

 「尾崎です。ちょっと肩を銃弾掠って…。はい、今から行きますが克巳も連れて行きますのであとは…ええ、よろしくお願いします」
 電話を切ってまたかけるらしい。
 「もしもし尾崎です。はい、無事に取り戻しました。少々お待ち下さい。…克巳」
 尾崎が電話を差し出してきた。
 「お父さんです」

 「え…?」
 戸惑いながらも電話を受け取り耳に宛がった。
 「もしもし…?え…あ、大丈夫…。何もされてないよ…。うん。あ、尾崎が撃たれて銃弾掠って血だらけになってる…うん…そう…」
 余計な事は言わなくていいです、と尾崎が横で小さく抗議している。
 「病院もついてくから…うん。あ、尾崎に変わる」

 「もしもし。…いえかすり傷なので全然。入院も必要ないですから。はい。また後ほど連絡致します、はい、失礼致します」
 尾崎が電話を切った。
 「…俺の心配なんか…するんだ…」
 「何言ってるんですか。当たり前でしょう。山口もう車出していいよ」
 「お前の実家に連絡は?」
 「いらないよ。こんなかすり傷で。ほんっとみっともない」
 はぁと尾崎が溜息を吐き出しているけれど大した事なくてよかったとさらに安堵する。

 そして今頃になって張っていた気が抜けたのか小さく克巳の身体が震えてきた。
 「…もう大丈夫ですよ?」
 「…ん」
 尾崎がすぐに気づいて克巳の耳元に小さく囁く。
 ずっと尾崎の手か克巳の身体を抱きしめ、克巳もずっと尾崎のシャツから手を離せなかった。
 
 
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