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追憶の彼方から放されたい 111

 尾崎は自己診断のように入院も必要ではなく、でも肩がぐるぐると包帯巻きにされた。
 そのまま克巳を送って本庁まで戻ろうとしたが薬を待っている途中で光流くんのお父さんから電話が入ってそのまま帰っていい事になり克巳は尾崎のアパートに行くと言い張った。

 「だめです。家に帰った方がいい」
 「どうして?アンタが怪我したのは俺の所為だろう」
 「克巳の所為じゃないでしょ」
 「とにかく行く」
 「お父さんだって心配して…」
 「心配したって別にうちで待ってるわけでもないし、俺はなんともないんだから」

 そんな事よりも尾崎と一緒にいたいだけなのになんで尾崎はダメというのだろうか。
 それともこんなに行っちゃダメなんて尾崎が言うのは克巳が迷惑だからか…? 
 それなら分かる…と克巳がしゅんとしてしまう。
 「俺が迷惑ばっかかけるから…嫌になったんだ…?」

 大体尾崎の言う事を聞かないで今日だって出て行ったし、その前も尾崎に相談もしなかったし、尾崎の部屋に行った時だって克巳は何一つできないから。
 尾崎の治療が終わって今は抗生物質などの薬を待っている所で、待合室で並んで座っている所だ。山口さんは尾崎の怪我の具合やその後の連絡の為に外に電話をかけにいっていていなかった。

 「克巳…?」
 顔を俯けて静かになった克巳に尾崎がそっと声をかけてきたけど、泣きそうだ。
 克巳が醜聞なんか気にしなければ尾崎は怪我だってしなかったのかもしれない。もしかしたら何事もなくあのまま雅彦は克巳の家の前で逮捕になったのかもしれない。
 あの時こうしてれば、なんて後から言ったってどうにもならない事だけれど…。

 「尾崎が…嫌なら…」
 「嫌だなんて言ってないでしょう」
 「だって来るなって…。俺が役立たないから…?」
 「そうじゃないです」
 「……ただ…一緒いたいだけ…なのに…」
 克巳はそうだけど、尾崎は違うんだと目が潤んできそうだ。

 「克巳…」
 はぁと尾崎が溜息を吐き出した。
 「あ…ごめ…なさい…」
 こんな我儘を言うから尾崎は嫌なのか。
 「…も…い、わない…から…」
 「克巳?」
 克巳は俯いたまま首を横に振った。

 「トイレ…行ってくる」
 尾崎から顔を背けて立つと足早に克巳はトイレに向かった。
 だめだ…泣きそう。
 顔を俯けたままだったので人にぶつかりながらトイレに駆け込んだ。
 もう夕方の遅い時間なのでトイレが混んでいる事もなく誰もいなくてほっとした。
 鏡に自分の顔を写して見て自嘲する。

 「…情けない顔…」
 何も一人じゃ出来ないくせに…、結局尾崎に迷惑かけてあげくに怪我までさせて…。
 ぐっと涙がせり上がってきて歯を食いしばった。
 「克巳」
 尾崎が後ろを追いかけてきたらしい。
 「ちょっと」

 克巳の肩を掴んだ尾崎は服で見えないけれど肩は包帯でぐるぐる巻きにされている。痛いはずなのに尾崎の表情はいつもと変わらなくて飄々としていた。
 「何?…いいよ!俺なんか…迷惑だし、嫌になったんだ…怪我まで…」
 「なんでそうなるかな…」
 尾崎に呆れたような声を出されれば折角我慢してた涙が溢れてくる。

 「いいってば!ほっておけばいいだろっ」
 「そんなわけにいかないでしょう」
 尾崎がぐいと克巳の腕を引っ張ると個室に入りドアを閉めた。
 怪我していないほうの右手で克巳をぐっと抱きしめた。
 「あのね…」

 「いい!…」
 本当は違う。尾崎が心配だからじゃなくて自分が尾崎の傍にいたいだけなんだ。
 慰めてほしくて大丈夫だと言って欲しくて尾崎の腕の中に入りたいだけなんだ。
 ただの我儘だ。
 こんなの誰にも向けたことないのに。だから尾崎は嫌になったんだ。
 声を押し殺して泣きながら克巳が反省と自己嫌悪で自分が嫌になってくる。

 「……ちょっと待って」
 尾崎が携帯を出してどこかに電話をかけた。
 「お忙しい所すみません。…あ、はい治療は終わって、ええ。入院はしませんので…ありがとうございます。あの、克巳くんの事なのですが…ちょっと不安がって…ええ…あ、……そうですか?…はい、では…ありがとうございます」
 克巳は涙で濡れた目を尾崎に向けた。

 「お父さんに許可取りました」
 「…いい。…帰る…。尾崎が嫌なのに行ったって…俺邪魔だろ…」
 「誰が嫌だと?邪魔だと?」
 「だって!さっき…」
 「そんな事一言も言ってませんけど?」
 だってさっきは帰れって言った。

 「キミを邪魔になんて思うはずないのに…」
 ぐっと尾崎が片手で克巳を抱きしめてきて、克巳は尾崎の胸に縋った。
 克巳はただ…こうしていたいだけなんだ。
 
 
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