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追憶の彼方から放されたい 121

 客用の広いダイニングに尾崎と並んで座り、向かいには父親が座っていた。
 ケータリングを頼んであったのかテーブルには昼から豪勢な料理が並んでいた。
 どういった意図でこんな場が用意がされたのか、と克巳は訝しんでしまう。

 家に帰って来てまず着替えを済ませて階下に下りてきたらすでに場が用意されていて克巳はただ驚くだけだった。
 気まずいな…と思ったって当然だ。普段から父親と顔を合わせる事なんてほとんどないのにその父親と尾崎と一緒に顔を合わせているのだ。

 「怪我の具合はどうかね?」
 「痛みはありますが大丈夫です」
 「大丈夫じゃない。昨日だって熱出したのに」
 克巳がぼそりと付け足せば尾崎が苦笑を漏らす。
 「すみません、克巳くんお借りしてしまって」
 尾崎が父親に軽く頭を下げた。

 「俺の為に怪我したんだから俺が行くのは当然だ。それに尾崎は…大事な存在だし…」
 むっつりとして表情を変えないように気をつけながらさらりと口にした。
 尾崎は目を見開き、父親はふっと鼻で笑った。
 溜め込んで緊張するならさっさと言った方がいいと克巳は料理を口に運びながら何でもないような態度を見せた。

 「別に克巳がいいなら何も言うことはない」
 父親に馬鹿にされたか?と思ったがそうではないらしい。
 「……いいんだ?でも…迷惑じゃない…?」
 「迷惑?どうして?私は私だし、克巳は克巳だ」
 家柄だなんだとうるさい親戚が多いのに父親がそんな事を言うとは思ってもいなかった。

 「家の事など気にしなくてよろしい」
 一言びしりと父親が言った。
 跡取りはどうする、何を考えている、と糾弾されてもおかしくないのにそんな事を言われるとは思ってもみなかった。
 じっとりした目で父親を見たら父親は苦笑を漏らした。

 「…私だって家に縛られて来たんだから…分かるよ。だからお前には今までも何も言わなかった。私が自由がなかった分、お前には自由にしてほしかったからね」
 …父親の父親、祖父はかなり厳格な人だったらしい。克巳がまだ小さい頃に亡くなったから克巳は覚えてはいないのだが…。それにしてもそんな事を言われるとは思ってもみなかった。

 「唯一…我を通して愛した人と結婚したけど…守れなかった」
 父親が顔を俯けながら小さく呟いた。
 母さんを、って事だろうか?
 ちらと尾崎を見る。
 今その人は尾崎のお父さんの奥さんになっていて、尾崎の話では父親もそれを知っているらしい。

 克巳は両親が何がどうなって結婚したのか離婚したのか聞いた事もなかったので全く知らなかった。
 昔から代々続く家柄で祖父も議員してた位の人で、親戚連中は未だに克巳の母親の事を家柄が合っていなかったから逃げたのだなんて言っている輩もいるのも知っている。
 克巳自身は自分が普通の人でなかったからその所為だったのではと思っていたのだが…。

 「…幸せそうにしてますよ。庭に花をいっぱい植えて世話してます」
 「……それならいいんだ」
 尾崎が何気なく告げると父親はうっすら笑みを浮かべて、その表情に克巳は驚く。父親のそんな穏やかな顔は初めて見た。 
 どうやら自分の知らない事が色々あるらしい。

 自分からどうして母親がいなくなったのかと父親に聞いた事もなかった。自分の所為だと思っていたから…。
 それに父親は克巳の事などどうでもいいと思っているのだと思っていたがそうでもないらしい…?
 「尾崎くん、考えてくれたかね?」
 「…お断りしたはずですが」
 「?」
 何が?と克巳は父親と尾崎の顔を見比べた。

 「警察を辞めるつもりはありませんので」
 「だめか…。じゃあ提案なのだが引っ越すように」
 「はい?」
 「君のアパートではセキュリティが悪い。克巳が行くのにそんな所では行かせられない」
 「……確かにセキュリティはよくありませんけど」
 「……」

 何の話をしているのか克巳には見えない。
 「…では克巳くんはいただいてもいいんですね」
 「…………克巳が君がいいというなら仕方ないからな。住む所はこちらで手配する」
 はぁ、と尾崎が大きな溜息を吐き出した。
 「…ヒモみたいで嫌なんですけど」
 「そういう問題じゃない」

 「…それも分かっているから複雑なんです」
 「諦めたまえ」
 尾崎は克巳の顔を見てもう一度溜息を吐き出した。
 「?」
 克巳は訳が分からず尾崎を見ながら頭を傾げると尾崎が苦笑を漏らした。
 「仕方ないですね。…惚れた弱みですので」
 …一体何の話をしているのだろう…?
 
 
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