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追憶の彼方から放されたい 125

 まずは上に行きましょうと尾崎が小関さんの店のあるホテル上階に向かうエレベーターに乗り込んだ。
 他にも客が乗っていたので尾崎の肩がぶつからない様に気をつけ、今のはなんだ?と問いただしたい気持ちもあったが口を開けなくもあった。

 「後で話します」
 聞きたそうにしてた克巳を分かったのか尾崎が少し身を屈めてそっと克巳の耳元に囁いてきて克巳はこくりと頷いた。
 「ちょっと時間早いですが中で待ちましょう」
 エレベーターを降りて店に入ると小関さんがすぐに気づいてご案内致します、と尾崎と克巳を個室へと案内した。

 前二回は窓際に並んで座る部屋だったが、今回は少し広めの部屋でテーブルも大きめで、窓に向かって並ぶ席ではなかった。
 「あ、普通だ」
 克巳が小さく呟くと小関さんが聞こえたのかくすっと笑った。
 「前はカップルシートですからね」
 「…え?」
 ちらりと尾崎を見ると尾崎は何事もなかったような顔をしている。

 「あいつら来るまで待つ?」
 「ああ」
 小関さんに尾崎が頷きながら克巳に窓際に座るように尾崎が椅子を引き克巳はおとなしく座ると尾崎はその隣に座った。
 「尾崎、酒はダメだからな」
 「…少し位も?」
 「だめだ」
 はじめに注意しておくと尾崎が苦笑を漏らしながらも分かりましたと頷く。

 「ん?どうして?」
 「…負傷中なんです」
 小関さんが克巳に聞いてきて答える。
 「本当はおとなしくしててほしい位だけど…」 
 なにしろ銃創で掠っただけとはいっても肉が抉られた位らしいし、昨日だって発熱したんだ。

 「…大丈夫ですって」
 「怪我?ドジったのか?」
 「まぁね」
 小関さんが驚いたような顔を見せて尾崎に確認し、尾崎が頷く。
 克巳が料理でも出来るなら尾崎の部屋にそのまま連れ帰るところだけど帰っても克巳は何もできないだろうから仕方ない。

 「ふぅん?じゃおとなしくしてな」
 小関さんがそう言って部屋を出て行く。
 「大丈夫なんですけどね…」
 「ダメ。昨日だって熱出したのに…今は?」
 尾崎の額に手を翳すと尾崎はおとなしく克巳のされるはままにしている。

 「…ないな」
 「だから大丈夫ですって。傷もちゃんと膿んでないようですし」
 「……早く治せ」
 「そうします」
 自分の意思でどうにかなるわけでもないだろうが、尾崎は頷く。
 「克巳が心配してくれるのは嬉しいですけどね…。…と、さっきの電話の事ですが」

 「あ、うん」
 そういえばそうだった、と克巳も思い出す。
 落ち着いた雰囲気の店はいつもゆったりとした気分で過ごせてすっかりさっきの電話を忘れていた。
 「克巳のお父さんからでしたけど、セキュリティのしっかりしたマンションを用意したから、だそうで…克巳の部屋の引越しは業者にもう頼んで俺の部屋も都合いい日を連絡しろ、だそうです」
 「……」

 ……いいのか?それで?
 克巳は一瞬悩んでしまう。いや、克巳は尾崎と一緒にいられるならそれでいいのだが。
 「…俺…色々出来るようにがんばるから…」
 だから一緒にいて欲しいと尾崎に視線を向けた。
 尾崎にしたら父親に勝手にマンション与えられてそこに住めなんて本意なんかじゃないはず。
 「…そんな縋るような切ない目しないで」

 尾崎が手を伸ばして克巳の目元をついと撫でた。今日の尾崎は胡散臭い所が全然ない。だからといってギラギラしているわけでもない。穏やかだけど瞳の奥に熱情が見え隠れして、そして慈しみの目で克巳を見ている。
 「尾崎は一緒に…住むの…嫌か…?」
 尾崎が嫌だと言ったら仕方ない。
 「いえ?ちょうどいいかな…。あそこじゃ克巳には不釣合いだし克巳が来るのにセキュリティは確かに不安だったしね…。厚意には甘えておきましょうか」

 「いい…のか?」
 「あのね…嫌だなんて言うわけないでしょう?何の心配してるんだか…。克巳をいただけるならなんだって言う事聞きますよ」
 「別に言う事きかなくていいけど…」
 「貰ってしまえばこっちのもんですけどね」
 尾崎が克巳の頭を引き寄せると素早くキスした。

 「もしかしなくても…俺逆玉か…?」
 「そんな事はない。俺自身何もできない役立たずのただの大学生なんだから…。かえって尾崎は俺なんかでいいのか…もっと可愛い人や…ってお前は男のほうがいいのか?」
 「まさか!男で可愛いって思ったのなんか克巳だけですよ!俺はどうでもいいですけど…克巳のほうが問題じゃ?なにしろ代々続く家系でしょ…?」

 「関係ない」
 家がどうだって克巳は克巳だ。それに克巳自身の事を見て、知って、分かって、それでも欲しがってくれるのは尾崎だけだと思う。
 「…もの好きだ」
 生意気な口調にでさえ尾崎は満足そうに口角をあげるんだ。

 
 
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