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追憶の彼方から放されたい 132

 ホント何一つ分からないな、と自分でも思ってしまうが…。

 米を炊くのもどうするかいちいち教えてもらわないと出来ないのだから。
 それでもそんな難しい事はなく、一度教えてもらえば覚えられる。
 スキルをあげていかないと、と克巳が意気込むが、包丁を使うのはまだダメと尾崎に禁止される。
 「焦らなくていいので」
 それでも尾崎の顔は緩んでいる。

 「…なんでそんなにニヤけてる?」
 「だってね…何もした事ない克巳が一所懸命だから。全部俺だけの為かと思えばそりゃニヤけます」
 「……別に全部じゃないけど」
 自分の分だってあるし。
 どうにか用意を終え簡単な混ぜるだけとか、焼くだけ、煮るだけ、とかの調理を終えて尾崎と食事だ。

 引越しがあるので残っていた野菜なんかをなるべく使って、だ。とはいっても尾崎もそんなに買い込んでいたわけではなかったので丁度よかった。
 覚束ない手で洗い物も終えて少し落ち着くと尾崎の家から持ってきたアルバムと写真を手にした。
 リビングのテーブルに広げると尾崎が苦笑している。
 
 「なぁ、これいくつの時?」
 金髪の写真を手に尾崎に聞いてみた。
 目が荒んでいる。周囲に敵しかいないような威嚇した目だと思う。
 「中三終わり頃から高二位までかな…」
 「高校の卒業アルバムは今と変わらない感じになってるな?」
 「まぁね。その頃には落ち着いたから」
 苦笑しながらも尾崎が答えてくれる。

 「タバコは?」
 「ヤンチャやめたときにやめました」
 写真ではいつもタバコを咥えてるか手にしている。

 「母親が病気でね。その頃父親も仕事が忙しくて…病院にもほとんど来なくて。母親が息を引き取った時は一人だった。受け止められなかったんだろうな…と今では思いますけど。その頃は全部父親のせいにして、家にもほとんど帰らず、夜の街を遊んで徘徊して…何でもしましたよ。恐喝、窃盗…」
 「ええ?」
 尾崎が頭を抱える。

 「ガキだったもので。徒党を組んでいい気になってた」
 「酒もタバコも。…しなかったのは武川部長が言ってたでしょ?強姦とクスリ位。回りに当たり散らしていい気になって…自堕落な事してた」
 尾崎のお父さんが大変だったって…そういう事か。
 
 「あ、でも前歴はないですよ?捕まるようなヘマはしないので」
 「……だろうな」
 そこは克巳も頷く。
 「でもね顔は割れてたので。その時にね…武川部長が刑事で…たまたま何かの事件の聞き込みとかで声かけられて」
 「ああ…それで光流くんのお父さんは知ってるんだ?」
 「まぁね。未だに事あるごとにチクチク言われますけど」

 克巳はくすっと笑ってしまう。
 「自分を持て余して…。で、抗争に巻き込まれて大怪我して、武川刑事に…あ、当時ね。…助けられて、発破かけられて…」
 「それで刑事に?」
 「前に言った小学校の時の話も本当ですよ?子供の頃にそういや刑事になるんだ、って純真に思ってたな、と入院したベッドの上で考えて…。………馬鹿でしょ?克巳の方がずっと大人だ」

 「俺にはそんな気概もないから…。諦めるのが一番楽だったんだ。自分を押さえ込んで殻に閉じこもって何も見ない、聞かないが楽だったから…」
 「違いますよ。克巳は強い。この間の事だって…拳銃を突きつけられて平静で冷静にいられた克巳に惚れ直しました。俺の方が冷静じゃなかった。だから怪我なんてヘマするんです。あ、でも克巳が甲斐甲斐しく世話してくれるのが嬉しいのでよかったかな、とも思うけど」

 「…バカ。怪我は嬉しくない」
 あの時の尾崎の肩から流れる血の感触を思い出せばぞっとする。
 「今度怪我したら放置する」
 たとえ自分の為だろうが怪我などしてほしくない。
 「…気をつけます」
 尾崎がまた苦笑する。

 「嫌じゃない?」
 「何が?」
 「だって…今は警察官なんかやってますけど、本性は犯罪者と一緒ですよ?」
 「でも犯罪者じゃないだろ?それに別にそんなの関係ない。昔の事は昔の事で今は今だ。過去があって今があるし、だからこうしてここに俺がいるんだろう?それに…尾崎と会ってから俺は変わったから…。尾崎じゃなかったら何も変わってないと思う」

 「またそういう事を言って…」
 尾崎が手を伸ばすと克巳の体を引っ張り膝に乗せられ抱きしめられる。
 「誰かを守りたい…なんて思ったの初めてです」
 「じゃあ怪我なんかするな」
 「…ですね」
 尾崎がくっと笑いを漏らしそして唇を重ねた。
 
 
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