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追憶の彼方から放されたい 134

 尾崎の携帯に気に入ったかね、と克巳の父親から嬉々とした声で電話が入ったのは夜だった。
 どうにも克巳の携帯ではなく尾崎の方が話しやすいのか父親はわざわざ尾崎の方に電話をかけてくる。
 別に自分にかけてこられても困るからその方が克巳にとってもありがたいとは思うからいいけど。

 「…それは丁重にお断りいたしたはずですが……はぁ…」
 尾崎が困った声で苦笑しながら電話で父親の相手をしている。どうやら気に入られたのだろうな、とは思う。
 そりゃ一応息子である克巳を命がけで救ったのだから気に入らないはずはないだろう。
 「まいったな…」

 「何か無理言ってるのか?」
 「まぁ…警察辞めて克巳の秘書しろとか」
 「んん?なんだそれ」
 「会社を創ればいいとか言ってますよ?気に入られたのは嬉しいですけどね。こんなに至れり尽くせりで」
 「……こんなのいいか?俺的にはあんまり嬉しくないけどな」
 広い部屋を見渡して嘆息する。
 どうにも落ち着かない、が今の所の感想だ。

 「克巳の事が心配なんでしょう」 
 「どうだか…。しかし会社?」
 「だそうですけど?」
 「いらないのに。俺このままできれば警察入るつもりだ」
 「…そうなんですか…?」

 「いくらかでも俺で役に立つならな。体力は自慢にならないから普通の部署は無理だろうけど。この間のバスジャックとかみたいに俺が役に立てるなら…と思う。ずっと今までこんな力なんかいらないと思ってたけど…」
 それにずっとトラウマだった母親に向けられた視線も尾崎のおかげで軽くなったから…。
 「じゃあやっぱり俺も警察にいないとね。ずっと克巳の担当でいないと」
 「…ん」
 秘書も尾崎には合いそうな気もする。きっと冷徹で冷酷な容赦ない秘書になるだろうとは想像しなくても分かる。

 「…尾崎……っと…」
 ソファに並んで座っていた尾崎の首に腕を巻きつけようとして克巳ははっと腕を引っ込めた。
 「危ない…怪我治ってないのに」
 「………はぁ」
 尾崎が溜息を吐き出す。
 「忌々しい傷だ」

 「…だったらもう怪我しないように」
 克巳がそっと尾崎の腕に触れると尾崎が眼鏡の奥で睫毛を伏せうっすらと笑みを浮べた。
 「そうします。克巳にも傷を負わせない。俺もしない」
 そんな約束守れるかどうかなんて先の事は分からないのに尾崎はそんな事を口にする。
 
 克巳だってすぐ傍に尾崎がいて熱っぽい視線を向けられれば熱が籠もってきそうになるんだ。
 ちゃんと尾崎は分かっているのだろうか…?
 尾崎が怪我をしてからぶつかったりふいに触ったりしないようにと常に克巳がいるのは右側になった。ソファに並んで座る時も右側を選んでいる。

 ゆっくりと克巳は部屋を見渡した。綺麗な広いリビングにはソファと大きなテレビに大きな窓。寝室には大きなベッドとさらに部屋は丁度二つでそれぞれに克巳の荷物と尾崎の荷物が引越し業者によって運ばれている。荷解きはまだ全部済んではないがそんなのはゆっくりでいい。リビングから繋がってダイニングキッチンだが、ダイニングテーブルやキッチン用品もすでに揃っている。
 克巳が部屋を見渡していると尾崎がソファから立ち上がり克巳にも立つように促した。
 そして窓際に克巳の手を引いて連れて行く。

 「夜景…克巳好きでしょ?」
 大きな窓の下には光は散らばっている。窓から見えるのが隣のビルじゃなくてよかった。
 「ん……ここ夜景…見れるのはいいな」
 克巳は窓にへばりついて満足そうに呟けば尾崎も表情を緩めた。
 「ですね」
 そして尾崎がそのまま克巳の肩を抱き寄せる。

 「なんか…急にばたばたと同居することになりましたが…」
 「うん。……悪い。勝手に決められたような感じになって…。尾崎は不本意かもしれないけど…。俺は…嬉しい…。尾崎が隣にいてその体温に安心するんだ…。家に帰って夜一人なのが…寂しいと…一人が寂しいって…初めて知った。おかしいだろう?ずっと小さい頃から部屋で一人だったのに」

 「…おかしくないですよ。俺だって克巳が俺の部屋から帰るのを何度阻止したかったか」
 くすりと尾崎が笑みを浮かべ克巳に軽くキスした。
 「…このままベッドまで行って初夜にしたいけど…」
 「だめだ。傷が開いたらどうする」
 あっさりと克巳が却下すれば尾崎が大きな溜息を吐き出した。
 
 
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