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追憶の彼方から放されたい 137

 なんで同じ男のはずなのにこんなに体の作りが違うのか。
 割れた腹筋に筋肉のついた身体は男として憧れる。
 「包帯外すぞ…?」
 「ええ。あと上がったら巻いてもらっても?」
 「勿論そのつもりだ」
 幅の広い包帯を手元で巻きながら解いていけば生々しい傷痕が出て顔を思わず顰めてしまう。

 自分の為に負った傷だ。
 「…気にしなくていいですよ?」
 「……気にはする。…でも、尾崎には悪いけど…嬉しいとも思う部分があるのも本当なんだ」
 「…そう?」
 克巳が言うと尾崎も嬉しそうにした。

 「そう言ってもらえるなら怪我をした甲斐がありますね。一生残る傷です。克巳の為と思えばそれは俺も嬉しいからね」
 「でも今回だけだ!あんなの…もう嫌だ。手に血がついたとき…肩が血で濡れてた時…ぞっとした」
 「…分かってます」
 克巳が顔を歪めて尾崎に声を大きくすると尾崎が頷いた。
 「…分かってます…」

 克巳が震えていたのは恐怖だけじゃない。尾崎を失ったらの方の恐怖の方が大きかった。それを尾崎は知ってか、もう一度静かに克巳の耳に同じ言葉を囁いた。
 「自分が銃をつきつけられても平気な顔してたのに」
 くすりと尾崎の声が響く。
 「平気じゃなかった。そう見えたのは尾崎が来てくれる、助けてくれるって信じてたからだ」
 「信じて」

 尾崎が裸のままで克巳の肩を抱きしめる。
 「…風呂。髪洗ってやる」
 克巳は自分のが泣きそうに顔が歪むのを隠すようにして尾崎を促した。
 椅子に座らせ、尾崎の後ろに立つとシャワーで尾崎の頭を流し洗ってやる。

 「生き返った感じですね。克巳に洗ってもらったり拭いてもらったりしてたけど、やっぱり体流せないのは夏場はキツい」
 「傷…膿んだりしなくてよかった」
 「もともと化膿しにくい性質なので。医者にも驚かれる位治癒が早いみたいですね」
 「…よかった」
 「温泉もこの調子だとOKのようだし」
 「え?…あ、一泊の?あれはなしでも…」

 「行きます」
 尾崎が言い切る。
 「…克巳はどこも行ったりとかなかったのでしょう?海も行ってみますか?俺は入れませんけど、足位とかなら」
 「……行った事はないけど…」
 「楽しみじゃない?」
 「…楽しみだけど…。尾崎が…」

 「俺は平気ですって。本当に…克巳がね…甲斐甲斐しくしてくれるから。実は甘えてるだけで本当は自分ででも出来るんですけどね」
 「そ、そ…う…?」
 しれっと尾崎が呟く。
 「そう」
 くっと尾崎が笑うけど傷痕を見ればまだ痛みだってあるはずだ。尾崎は克巳の負担にならないように軽く言ってるだけだろう。

 「俺が少しでも尾崎の為になってるなら…別にいい」
 尾崎は克巳を窺ってくるわけでもなく父親の事を当てにしているわけでもないのは分かっている。
 ただ恋人としているだけだ。克巳の事を一番に考えて…。自分から進んで人と接触はしてこなかったが、それでも分かる。人と交わらない自分に目に欲を浮かべて近づいてくる人の存在は今までいくらでもあるのだ。悉くそれは無視してきたから。

 父親もそれが分かって、尾崎がただ克巳の身を案じている事を分かっているから、だから尾崎が気に入っているんだと思う。
 だからといって簡単に尾崎との事を受け入れられるなんて思ってもみなかったが、克巳の特殊な力の事を知ってさえも尾崎は変わらないという事も含まれているのだろう。

 「…お前だけが…俺を必要としてくれる」
 小さく克巳が呟いた。シャワーの音で聞こえないかなという位の小さな声にしたが、尾崎には聞こえていたらしい。
 尾崎は怪我してない方の右腕を上げると克巳の頭を引き寄せてキスを重ねた。
 ずっと軽い唇を重ねるだけのキスだったが、水圧を弱くしていたシャワーが打ち付ける中、尾崎が舌を突き出し克巳の口腔に舌を差し込んでくる。

 「んっ…」
 水滴が落ちる中、克巳の逃げようとする舌を捕え絡められればすぐに声が漏れてきて、ずくりと中心に熱が集まってくる。
 キス一つだけで体が熱くなってくるなんて…と克巳が手で尾崎のキスを止めようと尾崎の唇を押した。
 閉じていた目をうっすら開け尾崎を見ればその目にはすでに欲望が映って見えた。

 「ダメ?」
 ダメじゃないんだけど…怪我が…と思って口を開こうとしたら尾崎のすでに熱を滾らせた屹立が目に入る。
 「そ…れ…」
 「だってね…我慢してたし?キス一つでもうこんなです。克巳…協力してくれる…?」
 尾崎の声が欲情を孕み甘く克巳の耳に響かせ、克巳の耳も食まれれば克巳の体にもさらに熱が籠もってくるのは仕方ないだろう。
 自分も欲しい、と思っているのだから…。
 
 
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