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追憶の彼方から放されたい 138

 シャワーを終え、脱衣所で尾崎の体を拭い、自分の体も拭く。
 「克巳…」
 すぐに尾崎が克巳にキスしてこようとするのを克巳は止めた。
 「だめだ。包帯が先」
 「………冷静ですね」

 くすりと尾崎が笑うけれど当たり前だ。自分の所為で傷を負ったんだからこれ以上尾崎の体が悪くなるような事はしたくない。
 克巳は器用に尾崎の肩を元の様に包帯で巻いていく。
 「器用ですね?料理もこなせるようだし…。今日のもおいしかった」
 「…唯くんに教えてもらいながら…だから」
 そんな事を言われてかぁっと照れてくる。

 「ちょっと…いや…かなり感動してたんですけどね…。帰ってきた時」
 「?」
 「だって、何もしてこなかった克巳が…何も知らないのに健気で…」
 「べ、別に…尾崎の為だけじゃないし」
 それは嘘だ。尾崎の為じゃなかったら料理とか最初からしてない。でもそんな克巳の言い分が嘘なんて尾崎には分かられているのだろう。尾崎の目が蕩けそうに甘くなって克巳を見ているがそれを見ないようにして包帯を巻き終える。

 「きつくないか?」
 「大丈夫。ありがとうございます」
 どうにも口調は年下の克巳の方がぞんざいで尾崎の方が丁寧だ。
 「じゃベッドいきましょ」
 尾崎が前をしっかりと屹立させたまま克巳の手を取り、繋ぐと克巳を寝室まで誘う。

 恥ずかしい。
 下着位つけたらと思うけど、どうせすぐ脱ぐのにいらないでしょ、と言われて裸のままだ。
 なんでこいつは平然としてるんだろうと思いながら顔を俯け、それでも尾崎のいいなりになっている自分も自分だ。
 恥ずかしいは恥ずかしいが期待もしているんだ。
 どくどくと克巳の心臓が高鳴りを訴えている。
 緊張なのか期待でなのか…。

 寝室のドアを開けて電気をつけるとすでに部屋のエアコンはついていて部屋がひんやりとしていればいつの間にと克巳は余計な事を考える。
 そうでもしないと心臓がもたなそうだからだ。こんなに自分はドキドキしてるのに尾崎は飄々として憎たらしい位だ。
 「克巳…」
 尾崎が大きなベッドの端に腰掛ける。

 部屋も広くて大きなベッドがあっても尚余裕があるくらいだ。モダンが基調で勝手に用意されていたベッドもカーテンもモデルルームみたいになっている。
 確かに昨日もここで眠ったはずだが、克巳がちゃんとベッドを整えホテルの一室みたいに戻っている。
 尾崎が膝に向かい合わせに座るように克巳の体を引き寄せ、克巳はそっと言いなりになったようにそうする。

 「さすがにまだ踏ん張りが利かなさそうなので…」
 克巳の頬を尾崎の大きな手が包み、啄ばむようにキスしてきて、克巳は尾崎の包帯の撒かれていないほうの肩に手を置く。もう片方の手か尾崎の腰に回した。
 尾崎の眼鏡は脱衣所に置きっぱなしで眼鏡をかけていないからか、尾崎の目に浮かぶ劣情が克巳にもはっきりと見える。

 「自分から…手に入れたいと、可愛いと、欲しいと思ったのは克巳だけなんです」
 「…え?」
 「まさかそんな事思う相手が大学生の男の子で、しかも義母の息子さんでなんて思いもしなかったけどね…」
 まぁ、確かに…と克巳も苦笑する。

 「女を知らない、なんて言いませんけど…欲しいと思ったのは克巳だけです。過去見ても分かるでしょう?あんなバカやってて、私は18でタバコをやめました、みたいな…。全部がどうでもいい感じでした。基本そこは変わらないんです。表向きは更正して警察官なんかしてますけどね。克巳に何事かあればいつでも犯罪者になれる自信はあります」
 「……そんな自信はいらない」

 尾崎の目の奥に暗闇が見えそうな気がする。堕ちるならすぐにでも尾崎は堕ちていけるのかもしれない。そう思わせるほどの深淵だ。

 「更正はしたけど、根元は変わっていない。大事なものなど何もなかった。人を信じる事もなく人は一人だと思っていた。……でも克巳に会って…自分なんかよりも余程過酷といっていい環境にいて…それでも強く顔を上げている克巳になんて自分はバカで浅はかなヤツかと…。克巳が人の役に立つならなんて…。父親が父親なんだから威張り腐って嫌なヤツだったらほらみろ、人なんてこんなものだ、って言えたのに…」

 弱音のように吐く尾崎に克巳は可愛いな、と自分からキスする。
 そろりと尾崎の手が克巳の肌を撫でた。
 「んっ」
 「…触っただけでも感じてる」
 くすりと今までの弱った印象をあっという間に払拭させ、尾崎の目は再び熱を帯びてくる。
 「克巳が欲しい」
 「……いくらでも」
 尾崎に闇があるから克巳も惹かれるのだと思う。尾崎には自分がいないとと思えるから…。
 
 
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