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追憶の彼方から放されたい 143

 尾崎の運転で尾崎の母親の墓参りに行くとすでに花を供えられていた。
 「…お父さんか?」
 「かもね」
 尾崎が軽く答える。
 「一緒になんか来た事ないので」
 途中の花屋で買ってきた仏花をあげ、線香に火を灯し尾崎と並んで手を合わせた。

 「大事な人です」
 尾崎がぐっと克巳の肩を抱き寄せて墓前で紹介するように声を小さく出した。
 「始めて守って大事にしたいと思った人です。そんな存在が出来るなんて思ってもなかった。世の中全部がどうでもいいと思っていた。自分自身でさえどうでもいいと…」
 克巳はじっと尾崎を見上げた。

 「怪我も自分が傷つくのもどうでもよかった…でも今はこの人が苦しそうにするから…自分自身も大事にしようと思えるようになった」
 「…尾崎」
 尾崎が克巳のほうに視線を向けた。

 「傷…いっぱいあるでしょう?バカしてた頃の傷です。小さい頃のもありますけど。本当に自分なんか死んだって誰も悲しむやつもいないと思ってたから…」
 「…俺もそうだ」
 境遇は違っても尾崎とはどこか繋がっている所があったのだ。だから互いに惹かれ心を補充されるのだろう。
 「何もいらない。いるのは尾崎だけだ」
 「俺もです」

 尾崎がくすりと笑って克巳の頭にキスする。
 「本当はちゃんとキスしたいとこですけど…」
 ちらほらとお墓詣りをする人の姿もあるのでそれは無理だ。
 「俺はいいんですけど」
 「いやだ」
 遠慮なく克巳は却下する。

 「…分かってます」
 尾崎が苦笑を漏らす。
 「結構克巳は常識的なんですよね」
 「普通だろ」
 「普通じゃないとこは普通じゃないのに…」
 「どこが普通じゃない?そりゃ力なんて余計な物は持ってるけど…」
 
 「それは全然関係ないです。だって拳銃突きつけられて冷静にしてるってのがもう普通じゃないでしょ。あそこに踏み込んだ奴等はもう克巳の事聞きたがって大変なんですよ?西岡もそれ聞いたらしくてベタ褒めだし。ヤクザに嫁に来ないかって」
 「はぁ?」
 「あの怪しい店で克巳を見た時からあいつはかなり克巳を気に入ってますからね。もし近づいてきてもついてっちゃダメですよ?」

 「……しないけど。…多分」
 「多分じゃダメです。そんな事になったら俺乗り込んでいきますからね。そしたら警察もクビになるな…。まぁそうなればなったで克巳のお父さんに雇ってもらおう」
 「………」
 「どんな事あっても克巳から離れる気なんてないですから覚悟しといてください。…ってもう遅いですけどね。手に入れちゃったから」

 「……離れる気なんかないから別に覚悟も何もいいけど」
 「とりあえず俺の少しばかり気にしていた事も克巳のお父さんのおかげで解放されたし、怪我も無事によくなりましたし、これからやっと爛れた新婚生活に入れるかと思うと嬉しいです」

 …爛れた?
 克巳が眉間に皺を寄せると尾崎の腕がぐっとさらに克巳の身体を抱き寄せた。
 「昨日は今日出かけると思って遠慮しましたが今日はもう寝かせませんから」
 「いや…これから旅館に泊まるんだろう?」
 克巳が小さく首をふる。

 「関係ない」
 「ないわけないだろ。俺は嫌だね。そんな事したら二度とどこかに泊まるとかなんかしない。恥かしくていたたまれなくなるだろう?無理だな」
 「大丈夫です」
 「…なんの根拠があってそんな事言う?俺が嫌だと言ってるんだから無理だ。もしそんな事したら実家に帰らせていただきますって帰るぞ」
 克巳が脅すと尾崎ははぁ、と溜息を吐き出した。

 「だから覚悟してくださいって言ったのに…」
 「それとこれは問題が違うだろう」
 「…結局なんだかんだいっても俺は克巳の言いなりになるしかないですけど…。惚れた弱味かなぁ…」
 そんなのお互い様だ。もしきっと尾崎に求められたら嫌だと言っても本当に嫌なわけじゃないから結局は許してしまう気がするのだが、そんな事言ったら増長しそうなので黙っておく。

 「振り回されるのは結局俺の方ですからね…」
 ぶつぶつと尾崎が零しながら車に向かう。
 本当は克巳だって結局のところは世間体よりも尾崎だけがいればそれでいいんだ。
 そう思いながらくすりと笑えば尾崎が車に乗ったあと素早くキスしてきた。

 銀色の眼鏡の奥で尾崎の目が妖しく光っている。困ったな、と思いつつも実は全然困っていないのだから克巳だって同罪だ。
 どうしようもないんだ。気持ちが通じ合って欲しいと互いが思ってたら止まりようないと思う。
 「さ、いきましょ」
 尾崎が声を弾ませ克巳は苦笑を漏らした。
 
 
 
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