ライオン
大学に入ってすぐに向いの市民図書館に通う様になった。
初めは調べ物がしたいと純粋に思ってどれ位の蔵書があるのかと確かめに行っただけだったのに、そこにその人がいた。
白い肌に漆黒のさらさらの髪。目元が涼やかで和風の美人だ。
目を一瞬にして惹かれた。
大和撫子…。
そんな言葉が頭をよぎってしまった。
自分は外国人ではない。一応日本人だ。血に外国の物が流れているけれど、日本で生まれ育ったので見た目はどうであれ日本人なはず。
それなのにそんな言葉を浮かべ、目を奪われるなんて。
しかもちょっと…いや、かなり表現は間違っている。
なにしろ相手は男性だ。
だけど楚々とした美人だ。
いや、男に目を奪われるってどうよ?と自分に苦笑して忘れようとした。
なのに時間があれば図書館に通うようになってしまった。
その人を見る為だけに。
その人が貸し出しカウンターにいるときだけ本を借りる。
その人がいる時だけ返す。
十分もう惹かれているのだろう。
ほんの少しだけの事務的な会話。
声も静かで落ち着いた声。指も細くて白い。身体も華奢だ。
…どうして男なのだろうか?
苗字だけしか知らない人。
胸に名札がかかっている。
穂波さんだ。
伏せた目の睫毛が長い。唇も肉感的だ。左目元の黒子が色っぽく見えるのは邪まな想いを持っているからだろうか?
じっと穂波さんに見入ってしまう。
はたして彼は自分の事を認識しているのだろうか?
一応自分は目立つ外見はしてるはずなのだが、彼から特別な目を向けられた事がなくその自信は揺らいでしまう。
いくつなのだろう?
見た目だけだったら大学生と変わりないように見えるが働いているという事は間違いなく自分よりも年上なはず。
黒い瞳がこちらを見るとどきりとしてしまう。
「返却は一週間以内でお願いします」
事務的な声。
それ以外だとどんな話し方をするのだろう?
この人を見てもう数ヶ月。
最初は男だろ、変だろ、と思っていたけれどそこのこだわりはもうすっかり忘れた。
今はもうただこの人に夢中だった。
どうしたらこの人の視界に入れるのだろう?
図書館以外で会ったのは一回だけ。
あれはまだ通い始めてすぐの頃で穂波さんに対しての自分の中の不可解なざわめきを認めたくない頃だった。
桜が散る頃。
一時限目がないのに早くに家を出てきて、図書館に行こうかどうか迷って外のベンチでぼうっとしてた時に穂波さんがぱたぱたと桜吹雪の舞い散る中を走っていった。
寝坊したのか髪は寝癖がついていて少し汗ばみながら走っていた。顔が上気して頬が桜色になってて…。
目を奪われた。
今度図書館以外で見かけたら声をかけようと決心したのはその時だった。
しんとした図書館で話しかけるのは勇気がいる。それに自分は目立つ。
だから外で偶然があったなら、と思うのにそんな偶然は秋になっていた今もまったくもってない。
図書館から本を借りて外に出るとベンチに腰掛けた。
もう落ち葉の季節ですぐに冬もやってきそうな寒さだ。
何ヶ月もただ見てるだけなんて…。
髪を突っ立てて固めてる頭を抱えた。
何をこんな純情な事してるのだろう?
それは…自分に自信がないんだ。
少しは外見に自信があったのに彼は全然今まで一度も自分を真正面から視線を向けてくれないのだ。
少しでも彼から視線を向けられたのなら自分からすぐにでも声をかけるのに。
いつも本を借りる時もちらっと彼は視界の端で確認するだけ。
名前さえも覚えてもらえてないのかもしれない。
普通は見た目が外人のこの容貌に日本人の名前でそのギャップから印象的なはずなのに彼には通用しないらしい。
物珍しい目もされた事がないんだ。
「レオー!」
遠くから女子の声が聞こえたが無視する。
図書館の敷地内にいる時間は誰にも邪魔されたくない。
「あ、いた」
「え…?」
ベンチで顔を俯けていた視界に足が見えた。そして顔をゆっくり上げる。
「…あ…」
そこに今さっき本を貸し出しの手続きをしてくれたその人が立っていた。
「一冊忘れていったよ」
「…え?」
にこりとした顔で本を差し出してきた。
どうやら三冊借りた内の一冊をカウンターに忘れてきたらしい。
「あのっ」
思わずその人の腕を掴んだ。
「好きです。付き合ってください」
黒い目が大きく見開いて自分を凝視していた。
初めて真正面から視線が絡まった。
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