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ライオンとウサギ 4

ウサギ

 かっこいいな…。
 カフェでバイト中の獅王くんをちらちらと見ながら周囲にも目を配る。

 お客さんは女の人が多くて獅王くんを狙っているのか秋波を送っている人もいる。
 けれどその本人はそこを気にしないのか自分の方ばかりを気にして見ているのを確認して優越感を覚えてしまう。
 …今だけだろうけど。
 彼は男だけを恋愛対象にする種類の人ではないだろうからその内飽きれば去っていくだろう。

 でもなぜ自分だったのか?とは思うけど…。
 なにしろ個人的に話をした事もないのに。
 名前の通りにライオンをイメージする獅王くんをじっと視線で追った。

 やっぱり髪は地毛だろうか?
 声をかけて近くで彼の顔を見た時の目の色は普通の茶褐色じゃなかった。
 長い足に腰の位置も高い。高い鼻梁にきりっとした切れ長の目元。頭も小さくてモデルの様な容姿に同じ人か?と言いたくなる位だ。
 その彼が注文したコーヒーを手にやってきた。

 「お待たせ致しました」
 声も優しいバリトンだ。
 「あの…穂波さん…八時になったら上がりなのであと裏口から出ます。それともこっち来た方いい?」
 「いいよ。女の子に見られたら恨まれそうだから会計済ませて店の外に出るよ」
 「はいっ」
 小さく嬉しそうに返事する獅王くんはライオンというよりは大きな犬みたいだ。

 店内の時計を見れば7時40分。獅王くんのバイト終了まであとほんの少しの時間。
 「ではごゆっくりどうぞ」
 獅王くんが澄ました声で小さく頭を下げてテーブルから離れると、周囲のテーブルの子達が獅王くんの後姿を視線で追っている。

 確かに目を惹くよな…と自分も姿を視線で追っていると同じバイトの子だろう女の子と仲良さそうに獅王くんが話してるのを見た。
 どこでも彼はもてるだろう。その気のない女の子だってきっと彼に好きだなんて言われたらころりと堕ちてしまうはず。
 髪をワックスで固めて立たせてワイルドに見えるようだけれど物腰は柔らかいし動きがどこか優雅に見える。

 背も180オーバーだろうに威圧感はないし。
 その彼が自分と目が合うと嬉しそうに表情を緩めるのは見ていてこっちまで恥ずかしい。
 これはちょっと自分も浮かれているかもしれないと自身を諌める。
 あまりに期待しちゃいけない。
 自分がよく言われるのが見た目と違う、だった。それでふられた事もあったし…。
 彼もそう思うだろうか…?

 でも自分を隠す気はない。それで離れていくならそれでいい。もう夢見る年じゃないんだから…。
 ふと時計を見ればもう50分になっていて少し温くなったコーヒーに口をつけた。
 …おいしい。
 今までここのカフェの存在は知っていたけれど入った事はなかったのだが…。

 なにしろ朝の出勤の時は店は閉まっているし、帰りの夜にわざわざコーヒーをなんて思わなかったので今まで入った事はなく通る時に店のお客さんを何気なしに窓から見た感じでいつも女の子が多かったなという印象位の店だった。
 けれど本当にコーヒーはおいしいし店の落ち着いた雰囲気もいい。
 女性のお客さんは獅王くんが目当てなのかもしれないがうるさく付き纏う子もいないようだ。

 時間を見ながらコーヒーを啜り、八時前に会計を済ませようとしたら獅王くんも時間ぴったりに終わらせるつもりなのかすでに店から姿を消していた。

 さて、どうしようか?
 今日食ってしまってもいいんだろうか?
 あれ位の彼だから早いにこした事ないと思う。正気に戻られてやっぱりなかった事に、なんて言われたらちょっと凹んでしまいそうだ。
 そんな隙を与える間もなくすればいい。

 でもどこで?
 いきなりホテルに、というんじゃさすがに警戒するだろうし…。
 いつもだったらそういった店で相手をひっかけてホテルに行くんだけど。
 学生相手は初めてでどうも勝手が違う。自分の部屋に連れ込むなんて事はした事はなかったししたくもないのだが…。
 あれ位の容姿の彼だから女の子との付き合いも慣れているだろうし…。

 でも個人的な事は何一つまだ知らないし、身体目的で告白してきたようでもないからホテル行こうなんて言ったら引かれるはず。
 いや、どうなんだろう?
 男を試したかったとか?
 でも…好きです、付き合ってくださいと言ってた。…どうも勢いで言ってきた感はあるけれど。
 とりあえず聞いてみて様子を窺おうか。

 カランとドアベルを鳴らしながら外に出ると、夜になって寒くなった空気が肌に刺してくる。
 「穂波さん」
 カフェのエプロンを取った獅王くんが嬉しそうに声をかけてきてどきりとしながらもふわりと笑みが零れた。
 
 
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