三塚は今日はバレンタインの企画であちこち外回りらしい。
一応小さいながらも会社も立ち上げているのだが、三塚は外回り以外は試食もほとんど家で作り、なるべく凪の傍にいてくれる事が多い。
ただ、今日はさすがに外回りが忙しいというので夕食の買い物をしに凪は近所のスーパーに向かった。
「ええと…ネギ、白菜…豚肉…今日は鍋かな…?」
三塚に書いてもらったメモを頼りにカゴにいる物を選んでいく。
凪は料理は出来ないので買い物位しか役に立たない。包丁も持っちゃだめ、と固く三塚からダメ出しされている。
ピアニストなんだから、と。
…多分そういう問題だけでなく凪が不器用という事もあるのだとは思うが…。
やってみる!と挑戦した事はあったのだが、包丁をちょっと使っただけですぐに三塚に取り上げられてしまった。青い顔色で二度と包丁は持たないようにと言い諭された。
…よほど危なっかしい手つきだったらしい。
教えてくれれば、と言ったのだが、使えるようになるまでに絶対に怪我します、と断言されてしまった。
確かに指を切っちゃったら凪の場合は影響があるわけで。コンサート近くにもし万が一深く切っちゃったらとんでもない事になってしまう。
…それでおとなしくいう事をきいているのだが。こうして三塚が外で仕事しているのに凪は買い物位しかできないというのはもどかしい。
本当は用意して待ってあげられればいいのに。
「あ…」
スーパーにももうバレンタインのコーナーが出来ていた。
へぇ、と思いながら凪は市販のチョコを眺める。
三塚の作るチョコは全部おいしい。飽きないか?なんて三塚は言っていたけれど全部が同じじゃないから全然飽きない。甘みの強いもの、苦味の強いもの、フレーバーの効いたもの、ケーキ、ムース、プリン、トリュフ、生チョコといくらでも種類があるのだから。
三塚はどうやらわざわざバレンタインデーに凪に何か用意してくれるらしいが、自分も何か用意したほうがいい…?
でも三塚は自分で作れるし、市販の物をただ買ってはいと渡すというのも…。だって絶対三塚の作ったチョコの方がおいしいに決まってる。
「うーん…?」
何かこれ、というものはないだろうかと思いながらチョコの棚を見てると簡単手作りのコーナーを発見した。
箱を手に取って見てみると混ぜるだけ、とかレンジでチンするだけとかそんな内容だ。
チョコを溶かして型に入れて固めて飾るだけとか、フォンダンショコラとか。
簡単そうな説明にこれ位なら凪でもできるだろうか…?とじっと見入ってしまう。
三塚には絶対に物足りない味になるだろう事は分かりきっているが…。
「気持ちだ、気持ち」
いつももらってばっかりだし!
…とちょっとドキドキしながら真剣に箱に見入ってどれがいいか選びはじめた。
そして凪はちょっと凝ってそうに見えるフォンダンショコラを選んだ。
しかも失敗してもいいように3箱も取る。
まだバレンタインはちょっと先だし、今買っておくなら時間も日中でこんなものを買うにも店に人の数も少ないしさほど悪目立ちもしないだろうとそそくさと買い物カゴに突っ込んだ。レシートを見られたら三塚にチェックされてしまうので恥ずかしいが別会計にしてもらってこれはピアノの部屋の楽譜の陰にでも隠しておこうと一人頷く。
これでバレンタインデーはよし!と凪は独り満足げに顔を綻ばせた。
バレンタインデー当日三塚は店の売り上げチェックとかで忙しいだろうから凪は三塚が帰ってくるまでにこれを作っておけばいい。
小さな子でも上手に楽に作れるとか書いてあるし!
本当は味にも拘りたい所だけど…そんな高等技術が凪にあるはずもなく諦める。
とにかく気持ちだ、気持ち!と自分を慰める。
自分はこんなので、三塚はきっと立派なのを用意してくれると思うけど…。
いつも三塚は自分で作ったのは食べずに凪一人で食べちゃうし…、とにかく気持ちだけでも!と自分に言い聞かせる。
もし上手くいったら来年こそは何か挑戦してもいいし。三塚に教えてもらいながらでもいい。なにしろプロのパティシエの先生が一緒にいるんだから…。
…本当は内緒にしたいけれど、おいしいのを作ってくれるのは三塚なのだからそこは仕方ない。
とにかく今年は隠れて挑戦だ、と買ってきた食材を手にマンションに戻る。
冷蔵庫に買ってきたものを片付け、手作りチョコの箱はピアノの部屋に。
そして片付けた後、リビングのソファに座っていた大きなクマのぬいぐるみを抱いて顔を埋め凪は一人で悦に入った。三塚は驚くだろうか?喜んでくれるだろうか?
まだ作ったわけでもなんでもないのに先が待ち遠しい。
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