「あれ?凪?いないの?」
ぎりぎりまだ夜とまではいかない時間に帰ってきた絋士だったが、部屋の電気がついていない。
どうしたのだろうと思いながら玄関から電気をつけ、リビングに向かえばソファで大きなクマに埋まるようにして凪がクマを抱っこしたまま眠っていた。
可愛い!
凪のこんな所余所の誰にも見せられない!
大きなクマは絋士がクリスマスにケーキと一緒に凪にプレゼントしたものだった。クリスマス時期も勿論パティシエは忙しいわけで。その前から企画だのが始まり、店の手伝いまでしなくてはいけない。
実家でもいつも戦争のようになっていたものだが…。幸い実家から応援要請は来ず、自分の仕事をしなさいと父親からのありがたい言葉に帰ることもしなかった。
ずっと絋士が忙しくて日中凪が一人でぽつんとしてるのが可哀相に見えて大きなクマにしたのだが気に入ってくれているらしい。
いや、寂しいだけなのだろうか…?
本当はペットでも飼えばいいのだろうがそうしたら絶対凪はペットに夢中になってしまうだろう。
このクマでさえ凪が抱きついてると思えば自分が買ってやったにしても絋士が帰ってくれば用なしだろうと思ってしまうのだ。
「ん…?あ!…おかえりなさい!…ごめ…寝てた」
「ただいま」
慌てて起き出した凪にキスしてスーツの上着を脱ぐ。
「買い物…」
「行ってきたよ!そんなに寝てたわけじゃないです!」
言い訳するような凪が可愛い。
「別にいっぱい寝てていいですけど?」
「でも…三塚は仕事してるのに…」
「だって凪の仕事は特殊ですからね。あんなの普通の人は出来ないですから。凪の神経は細いのか太いのか分からないな。俺だったら絶対できない」
「そうかなぁ…?三塚だったら平然と出来そうだけど…」
「いいや。絶対に無理。コンクールとかだったらまぁ少しは出た事あったからできなくないだろうけど、金取って自分の演奏を聴きに来てもらうなんて…」
絶対凡人には無理だと思う。
無理無理と絋士は肩を竦める。
「次のコンサートはいつでしたっけ?」
「四月下旬から」
「ちょっと余裕ありますね」
「うん。だからちょっとだらだらしちゃうんだけど。その前に講師とか公開レッスンとか企画ものも入ってるけどほとんどその日だけだから」
今も絋士は休みの日なんかには凪にピアノを見てもらう。とはいってもさすがに毎日練習というのは難しくてピアニストの凪に教えてもらうなんていうのは勿体無い話なのだが、たまに連弾で遊んだりするのは凪も楽しいらしいのでいいだろう。
凪の息抜き位にしか絋士のピアノは役立たない位の腕しかないのが残念だ。
それこそ一緒にコンサートが出来る位であれば話も何でも凪の為になるだろうに、残念ながら絋士にそんなピアノセンスはなかったのだ。
「甘い香りがする」
凪がクマを手放し絋士の首に腕を巻きつけ抱きつきすんと匂いを確かめる。
「チョコでしょう?」
「うん。チョコの匂い。いい匂い」
くすりと凪が満足そうに笑みを浮べる。
「毎日食べさせられてそれでもいい匂い?俺なんかもう悪酔いしそうですけど…」
毎年の事ながらクリスマスとバレンタインはかなりキツイ。
「いい香りだ」
凪にいい香りならそれで構わないが。まったく…一番初めて出会ったときから変わらない凪の耳元に口を近付けた。
「凪…好きですよ」
耳元に囁くと凪がぶわっと耳まで赤くしてぶるっと体を震わせ、それを見ればつい笑いたくなってしまう。声もまだ武器になるらしい。
「ずるい…」
絋士から離れた凪は耳を押さえ顔も真っ赤だ。
「ずるくないですけど?そう思ってるんですから。凪は?」
「…好きだよ…。前よりももっとね」
恥かしそうにしながらもちゃんと答えてくれる凪をもう一度抱きしめる。
「俺もですよ。前よりもずっとずっとね」
小さな所で愛しいなと思う事が何度もある。はじめはあのコンサートの時に孤高な凪に惹かれたんだけど、今はもうそれだけじゃない。
「…ん」
頑なだった凪が開放され、さなぎから蝶に生まれ変わったように思えて、そしてそれを自分がさせたんだと思うのは傲慢だろうか?
啄ばむようにキスを繰り返し、凪も応えてくれるが、未だに顔を仄かに赤らめるんだから…。本当に可愛すぎる!
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