電車の駅までの道はまっすぐだ。
でも住宅街で微妙にでこぼこした道があったり、自転車が止めてあったりと、普段だったら普通の光景が、みえない杉浦には全然分からないのだ。
ちょっとした段差でもつまずいたりする。
その度に大海は杉浦を支えてやった。
「…悪い…」
杉浦がすまなさそうなのがもどかしい。
「謝んなくていい。あ、そこ段差」
心構えがあれば大丈夫らしいけれど、どうしたって歩みは遅くなってしまう。
「駅まででいいよ」
「いいって。どうせ家帰っても暇だ。付き合う。お前の駅から家まで何分位?」
「10分かからない位」
「……それ歩くのひどいだろ。どうせ今日は時間も早いし」
「ありがとう…」
小さく杉浦が呟いた。それが心に響いてきて悔しくなってくる。
「……永瀬、何時くらいまで帰ればいい?時間あるなら…家、寄るか?…………説明、する、から…」
「夜まで帰りゃ問題ねぇよ…。じゃ寄る」
小さく杉浦が頷いてはぁ、と溜息をついていた。
日中で人少ないがそれでも駅には人影もある。
電車も空いてはいるけどやっぱり人は乗っている。
それでも腕を離せとは言えるはずがない。言う気もなかったが。
何度も気配を感じ取って杉浦が腕を離そうとしたがいいから、と掴まらせていた。
見えないなんてどんなに不安かと見える自分が言う事じゃない。
黙って電車に乗っていた。
「改札出たら右曲がって。しばらくまっすぐ。薬局見えたらまた右」
杉浦の指示通りに歩いていく。
奇異の目で見てくる奴もいる。
確かに大海はそれでなくとも190近く身長があったし、ガタイもいい。それの腕をつかんでるのも男では気持ちは分かる。
「ほんと……悪い…」
杉浦が何度も謝る。
「いいって言ってるだろ。で…あとは?」
「角左まがって2軒目」
普通の真新しい家だ。
表札に杉浦って書いてあった。
「お、着いた」
「…ありがとう」
杉浦がポケットから鍵を取り出して慣れた手つきで玄関を開けた。
「入って」
家につけば自分の家で慣れているのか杉浦の足に不安感はない。
「そっち、リビングだけど…俺の部屋行くか?」
「…そのほうがいいかも」
よその家の広い部屋じゃ落ち着かない。
「じゃちょっと待って。缶コーヒーかなんかあったはず」
杉浦が冷蔵庫を空けて手で探ってる。どうしても心配で大海は杉浦の後ろをついて歩く。
「これ、コーヒー?」
「ああ」
杉浦が手に持った物を大海に見せたのに頷いた。
そしてこっちと案内されて階段を登っていく。
杉浦の後ろからいつでも身体を支えられるようにと準備してたけど杉浦は家だからか全然大丈夫だった。
手で壁をつたって自分の部屋なのだろうドアを開けた。
「どうぞ」
「……う、綺麗だな……。俺なんて自分の部屋に人入れられないぞ」
足の踏み場ないし、といえばくっと杉浦が笑った。
「俺も前はそうだった。今は必要にせまられて、だな…」
目か……。
大海は黙った。
部屋はベッドに机に中央に小さなテーブル。
サイドボードにテレビ。
綺麗にならんで整頓されていた。
「今何時?」
「2時ちょいすぎ」
テーブルを挟んで座ると杉浦が眼鏡を取った。
「……それ、度入ってないって言ったろ?」
「そう。意味ないけど。顔隠すのにいいから」
眼鏡を取った杉浦の顔を久しぶりに見た。やっぱり整ってる。
目の前で手を振ってみても反応しない。
「……何してるか知らないけど、見えないから」
「あ、わり。別に嘘ついてるとか思ったわけじゃねぇぞ?」
ふっと杉浦が笑った。
「いつもはここまで見えない事はないんだ」
杉浦が口を開いた。
きっとバレーをやめた、いや出来なくなった理由、だ。
大海は唾を飲み込んで心を構えた。
「網膜症って知ってる?」
「網膜症…?網膜はく離…なら聞くけど」
「まぁね。それが普通だろうけど」
杉浦が肩を竦めた。
「全然違う」
杉浦が缶コーヒーを開けたので大海も開けてごくりと喉を潤した。
本題に入るんだ。
大海は視点の合っていない杉浦の顔をじっと見つめた。
テーマ : BL小説
ジャンル : 小説・文学