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ライオンとウサギ 32

ウサギ

 獅王の電話口での言葉にかっとする。
 今部屋に獅王がいなくてよかった。いや、いたらこんな話なんてきっとしなかったはずだ。
 昔の話など…。
 自分から口にしてしまって雪兎は後悔した。
 後悔したけれど、獅王の言葉に泣きそうなっている…。

 違う。平気だ。
 「獅王…バイトは…?明日とか明後日とか」
 全然違う話題をわざと口にした。明日は金曜日。土日も雪兎は普通に仕事があるが。
 『あ~…明日はバイトあります。土日は別口のバイトあるんですけど。雪兎さん…明日、雪兎さん仕事終わった後会えます?』

 「……バイト何時まで?」
 明日は買い物しないといけないんだけどな…。
 『明日は7時まで』
 「……買い物しなきゃないんだ」
 『荷物持ちでもなんでもします!』
 そうじゃない…んだけど。

 「どこか外で食べて…」
 『え?だって買い物あるんでしょう?それに雪兎さんの料理おいしいし…雪兎さんの作ったのがいいな…』
 「………」
 甘えた獅王の声に雪兎は黙ってしまう。
 『あ…すみません。雪兎さん仕事で疲れてるのに…嫌ですよね』
 「いや…じゃない…けど」

 『あと…明日…泊まってもいい…?いえ!あの!雪兎さんの体がしんどいなら何もしませんから!ただ寝るだけでいいんで!…ただ寝るだけでいいんだけど…雪兎さんを抱いたまま…寝たいな…とか…。ねぇ?雪兎さん?俺ってウザい?ストーカーみたいに図書館通って付き纏って…』
 獅王が恐る恐るといった感じで声が小さくなってきて雪兎は苦笑した。

 「ウザくない」
 『…本当に?俺…かなり浮かれまくりで…みっともないと自分でも思うけど…』
 「…そんな事…ない」
 照れくさい。彼にそんなに思われるほど自分なんかのどこがいいのだろうと雪兎のほうが不思議な位だ。
 『お泊りも…だめ?ちゃんと我慢するし』
 「別に我慢しなくていいけど…」

 こんな事言ったらまるで雪兎が待っているみたいじゃないか?
 はっとしたら獅王が喜んだ声を出した。
 『じゃあ着替え持って行きます!やった!』
 違くて!セックスはいいけど部屋に、は困る!

 …と思っても喜んだ声の獅王に今更部屋は困るとも言えなくなる。困るからと言ってどうして?と聞かれても更に困るし…。
 …どうにも強く言えない。
 『雪兎さんはもうベッド入ってる?』
 「……ん。あとは寝るだけ」

 『体…まだしんどい?今日ずっとしんどかった?』
 「今はもう大分いいよ…。気にしなくていい」
 真面目にそういう事聞いてくるな、と雪兎の口調がぶっきらぼうになってしまう。
 「……もう寝るよ?」
 『うん…。雪兎さん…電話嬉しかった。明日は俺みっしり授業入っててバイトもすぐで…図書館行けないんだけど…。雪兎さんお昼は?』

 「明日は同僚と行くと思う…」
 『そっか…。残念。じゃあ…夜まで会えないかな…』
 「その後はその…一緒にいられる…んだろ」
 獅王の沈んだ声に自分からついそんな事を言ってしまった。
 『うん…。会えるの楽しみにしてガンバリマス。雪兎さん仕事終わったらメール下さいね』
 「…わかった」

 獅王は雪兎のどこがいいんだろう?
 「じゃおやすみ」
 『おやすみなさい。ゆっくり寝てくださいね。…って俺が言うのおかしいか?』
 くすと笑ってしまう。
 少し心が温まった感じがしたまま電話を切った。

 電話を切るのも名残惜しい感じがするのはどうしてだろう…?それにあまり自分から話をするほうでもないのに獅王には自分から余計な事も言ってしまう。
 そしてそれに対しての獅王の言葉と対応に困ってしまうんだ。
 雪兎の欲しい事を言ってくれてしてくれそうになるから。
 本当は毎日誰かに愛されたい。体だけでなく精神的にも、だ。

 そんなの無理だと諦めていた心が期待してしまいそうになる自分が怖い。
 だから部屋に来られるのは困るというのに、何故か明日は獅王が来る事になってしまった。
 断りきれないなんて…。
 今まで付き合ってきた相手に部屋に来たいなんて言われてもさらりと断っていたのに。
 昨日すでに一度入れてしまったからだろうか…?
 獅王は強引に言ったわけでもないのにそれでもさらりと雪兎の中に入ってきてしまいそれを雪兎もつい断れなくなっている。

 なぜ…?
 抱きしめたい、と言った獅王の声を思い出し、昨夜の獅王の腕を思い出した。
 でも獅王の腕の中の居心地のよさを思い出しちゃだめだ。
 そう思いながらもこのベッドでの朝を忘れる事など今はまだ無理で、明日もそうなるのだろうか…?
 やっぱり困るな…と雪兎は天井を睨んだ。


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