「つぅか!病院はっ!?行かなくていいのか!?」
「あ?ああ、いいよ。通院はしてるから」
「そう、なのか?」
「ああ。行ったところで薬もないから何も変わらないし」
え?
薬もない…?
「治らない、のか…?」
「…治らない。…今の状態からなら治る、というかよくはなるけど。でも元々あまり見えてないんだ…」
「でも去年、中学ん時は…」
「………あの前から変だ、とは思ってたんだけど…。県大会終わってから急に酷くなった。今は落ち着いてるけど」
落ち着いてる、って見えないのに?
「今日は特別だ。…こんなに見えないのも初めてだから」
「ええと…イマイチよく分かんないけど…?」
「悪い。普段は一応見えなくはない。右目が0.1ないけど左が0.6はあるから一応は。ただ小さい字とかは見えない。全体的にぼやけてるから」
「……眼鏡かけても…?」
「意味ない」
杉浦が首を振った。
「今より悪くなるかもしれない、ならないかも。医者も分からないって」
大海は黙って聞いた。
「網膜症っていっても大きくいったらで俺のは原因が分からないそうだ」
「それ、急に…?」
「いや、小さい頃から。ただ今よりは見えてた。先天性ってやつらしい。全然知らなかったけど…」
杉浦が自嘲の笑みを浮べた。
「去年までは…もったんだけど…、なんかおかしいからって眼科いったら、ね。まさか…。網膜が炎症してて出血してるんだ。出血が多くなると視界が血で遮られて見えなくなる。今日はそれだ。いつもはこんなに全面見えなくならないんだけど」
「………だから…バレーできない…?」
「出来ないだろ…。正確には出来なくはない。使い物にならないだけだ」
「杉浦!」
そんな事!
「杉浦、言っていいか?」
「何を?」
「俺、お前のトスが打ちたかった。去年の…ネット越しに見た時何度飛びたくなったか分からない。俺だったら気持ちよく決められるのに!って、思ってた……」
「…………」
杉浦が黙った。
「今でもそう思ってるし、そうしたいと、俺はまだ諦められない」
「………無理だろ」
「うん…。分かった。でも俺、お前のトス打ってみたい。………一回でいい……思い切り、気持ちよく……言っちゃなんだけど、俺別に誰のトスでも打てる。けど、打ってみたいと思ったのはお前のだけだ。ほれぼれする位綺麗なトスだった。どれも」
「そりゃ、……どうも」
杉浦がちょっと照れたように見えた。
「目、一時的って…どれ位?なんでそう、なるとかも分からないのか?」
「今の状態から治るのは大体三日位あれば。なんで、は分からない。朝はいつも通りだったんだけど…網膜の出血が多くなるとそれで視界が遮られるんだ。今日は急に出血が広がっていって……ほんと助かった」
「いや。……知ってるのは担任?」
そういえばクラスですぐに席を交換していた。
「そう」
「……なんかあったらすぐ言え」
「ひどいのは今日みたいな時位だけ。普通だったら別にそこまで酷くない。…でも、助かる」
「……ばっかやろ」
バレーがしたくても出来ないのに…。
淡々と話す杉浦に泣きたくなってくる。
あんなに綺麗なトスだったのに。
誰もが見惚れるようなパス、音のしないトスだったのに。
「永瀬…?」
今は目が見えない杉浦にほっとする。
こんな涙で潤んだ顔なんて見られたくない。
テーブルに置かれていた杉浦の手に大海は手を重ねた。
目が見えないから頼るのは触覚が主だろう。
びくっと杉浦が反応したけれどそのままにしている。
「この手が、指がしなるのがな……あのトスを生むのか?」
「…誉めすぎ」
「いや、そんな事ない」
声は震えていないだろうか?
普通に喋られているだろうか?
「なぁ……今まで誘わなかったけど…練習見にこないか…?ええと、今はダメだけど、見えるようには戻る、んだろ?…やっぱり嫌か…?」
だって黒板とか見える位には見えてるんだから、そう誘ってもおかしくはない、よな?
「……永瀬に話したらすっきりした、感じはする…」
杉浦の返答に大海に笑顔が浮かんだ。
杉浦の顔の表情は変わらないけれど、それでもそう言う位なら本当なのだろう。
「……そのうち、な」
杉浦が仄かに綺麗な顔に微笑を浮べていた。
眼鏡のない杉浦の顔はやっぱり綺麗だった。
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