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ライオンとウサギ 36

ウサギ

 電車の中であんなに熱い眼差しを向け、すぐにでも欲をぶつけられるのではと思っていたら肩透かしを食らった。
 少々意趣返しができたみたいで溜飲は下がったが。
 確かに腹も減っているし、獅王は雪兎の事を考えてくれたからだろうけど。
 それも分かるけれどそんなのも考えられない位に激しくぶつかってきてもいいのに…とか思うのは部屋に入れない、困るなんて思ってたのにどういう事だろうか。

 獅王を相手に話すのは楽しいと思う。
 年下だからだろうか?それに初めから自分を隠さないでいたからか?
 素のままでいられるのが楽だった。
 部屋に入れたくないとか困るとか思っていたのに、こうしてマンションに獅王を連れ帰ってくれば普通に獅王が部屋に馴染んでいる。

 それにきっと人の目を引く獅王が雪兎の部屋にくれば自分の目だけが獅王を捕えているんだという安心感のようなものがあるのかもしれない。
 安心感…?いや…独占欲…?
 違う、好きになどなっちゃいけないのだ。

 「雪兎さん?」
 「あ…いや…なんでもない」
 包丁を手にぼうっとしていたらしく獅王が声をかけてきた。
 獅王のハシバミ色の瞳が目に入ってその薄い色に綺麗だな、と思う。
 髪の色も綺麗だ。あ、そういえば…。

 「髪、下ろしてるんだな」
 「だって、雪兎さんがこっちの方がいいって言うから」
 「そうだけど…。女の子達もよけいに騒ぐだろう?」
 それはちょっと面白くない…とか思っちゃいけないだろうけど…。
 「……別に騒いでも俺は雪兎さんがよければそれでいいし。まぁ髪立ててたのは馬鹿みたいな意地ってのもあったから…」
 獅王が照れたようにしながら苦笑する。

 「意地?」
 鍋に材料を突っ込みながら獅王と会話を続ける。
 「そう。ライオンみたいでしょ?甥っ子には下ろしてる方が不評だったけど」
 「そうなんだ?甥…いるんだ?」
 「いますねぇ。姉の子です。俺オジサンなんですよ」
 ぷっと笑ってしまう。

 「獅王に似てる?」
 「全然!雪兎さんは?兄弟とかいる?」
 「……半分血の繋がった兄が一人いるな。でも会った事は数回しかない」
 そこまで獅王に言わなくともいいだろうに、正直に雪兎は言っていた。誰にも自分の内情の事など言った事はなかったのだが…。

 「…複雑そう?」
 「………色々とね」
 自分から口に出したけどこれ以上は聞くな、と雪兎は自分に都合のいいようにシャットアウトすると獅王はそれ以上聞いてこなかった。
 「俺は姉と兄といるんですよ」

 獅王の個人的な事は何一つ知らないから一つ一つ聞かされる事が新鮮だ。
 材料を突っ込むだけの鍋が出来てそれをダイニングに運び、二人で鍋を突っつく。
 一人じゃなんだか虚しい鍋も二人だとそうは感じない。そういえば母が亡くなってから家で誰かと鍋を突くなんてはじめてだ。

 そういう事も獅王には言わない方がいいだろう。雪兎の中に留めておいた方がいい。獅王だけが特別だなんて知らせない方がいいんだ。
 まだそんなに獅王の事を知っているわけではないけれど、優しいし気遣える人だ。空気を読むのも敏いようだし…。だからつい知らず知らず内側に入れてしまうのだと思う。
 だからこそ言っちゃいけない。言って獅王の足枷にならないようにしなければならない。

 「明日は獅王は休みだろう?バイト?」
 「土日はバイトはバイトなんですけど、別口のバイトなんです」
 何のバイトかは言うつもりはないのか獅王はそれ以上言わないので雪兎も聞かない。
 「雪兎さんは月曜日休みですよね?…日曜の夜も…俺来ていい?」 
 「あ……」

 どうしようか…、いい、と言うのが憚れる。雪兎の中では危険信号が出ているのに、獅王のおねだりを突っぱねる事も肯定する事もできない。
 「…ダメ?今日もこうして来てご馳走なってるし…図々しすぎる…?」
 「…そう、じゃない…けど…」
 どうしたらいい…?何と返事すれば…。

 ダメというわけじゃないんだけどこれ以上中に入れたら別れた時に雪兎は絶対に辛くなるのは分かっている。中に入れた者の存在が消えるというものは寂しすぎるのだ。それに果たして自分は耐える事が出来るのだろうか?
 そこが問題だった。

 会わないとも言えなくて…外で、というのもこうして今中に入れているのに今更な感じもする。それに雪兎の休みの前の日に会いたいという事はきっと抱きたいとイコールなはずで、そこは雪兎もそうされたい所なのだ。
 困った…。


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