side 悠
永瀬には知られたくなかったのに…。
そう思いながらも知られたのが永瀬でよかったともどこかで思っている。
悠の中でも永瀬は特別だった。
こんな風に打てたらさぞ気持ちいいだろうと誰もが思う位に決まるスパイク。
中学生離れした身体で、その高さの前に誰も壁が作れない。
永瀬を止める者なんて誰もいなかった。
それなのにこんな所にいて…。
もったいなさすぎる。
バレーも強くなくて、家から離れている学校を悠はわざわざ選んだのにそこに永瀬がいるなんて思いもしなかった。
強豪校は休みもなにも関係なく今頃練習してるはずなのに、永瀬はここにいる。
それじゃ折角の才能がダメになってしまうような気がしてならない。
そんな事を悠が思っても仕方のない事だけれども。
今は視界が遮られて見えない目だけれど、悠の手は永瀬の馬鹿でかい手が掴んでいる。
何も見えないと世界に一人ぼっちのような気がしてくるがそうじゃないと言っているように感じる。
目がなんでもなかったらきっと悠はこの学校を選ばなかった。
それなのにそこに永瀬がいるなんてなんて皮肉なのだろう。
でもずっと鬱屈していた気持ちがほんの少しだけ晴れたのは本当だ。
誰を恨んでも、何を言っても仕方のない事だ。
「今、バレー部って何人?」
「12人」
「…少ない」
「そう。かろうじて試合形式出来る位。3年が3人。2年が4人。セッターも2年の先輩。1年が5人。一応経験者、だけど…」
イマイチなのか。
はぁ、と悠が嘆息する。
「2、3年は?」
「…ほどほど」
「……………だから、なんで永瀬みたいなのがこんな学校に!」
思わず声が荒くなる。
「…すみません」
何故か永瀬が謝っている。
「…顧問は?」
「数学の先生。素人」
私立の強豪校じゃあるまいし監督なんていないだろう。
「……嘘だろ。宝の持ち腐れじゃないか。…永瀬、身長今いくつ?」
「190にちょっと足りない位?」
「…でか。リベロは吉村いるから問題ないだろうけど。あとのアタッカー、セッターは?」
「ん~~…ほどほど」
悠は頭を抱えた。
「だって下手ってほどじゃないけど、上手い!ってほどでもパワーあるわけでもないから。セッターも」
永瀬が言い訳するように言っている。
「…俺に謝ったり言い訳する必要ないだろ」
「なんか…だって…杉浦怒ってるし?」
「怒ってない。呆れてるだけだ。お前位のが……。インターハイ行けるのか?」
「無理でしょ」
永瀬が簡単に言うのにまた悠は呆れた。
「…ほら、怒ってる……」
「怒ってない。呆れてるだけだ。こっちはしたくても出来ないのに…」
思わず口をついて出てしまった。
「………だよな」
永瀬が頷いたのが気配で分かる。
「…言ったって仕方のない事だけど」
はぁと悠はため息を吐き出した。
「だから、そもそも永瀬が学校を……これも言ってももう仕方ないか?今からどっかに編入したら?」
「それは考えてない」
きっぱりと永瀬が言った。
「ここ入るのは親の意向もあったんだ。俺はどこでもよかったんだけど。バレーだけじゃなくて、ってさ」
ああ、と悠が頷いた。
ここは県でもトップクラスの進学校だ。
「………そういえば永瀬、頭もいいんだ?」
「………………杉浦って失礼なやつだったんだ?俺の事はバレー馬鹿だと思ってたんだ?」
「…いや」
永瀬が憮然としているのを感じて笑いそうになった。
なんか普通に話せている。
今までのどこか伺う様な所がなくなったのは事実だ。
目が見えてないという状況なのになんでこんなに今日は落ち着いていられんだろう?
「明日の朝、とか、は?見えるようになるのか…?」
永瀬が心配そうな声を出した。
「…多分いくらかは治まるとは思うけど…ひどけりゃ母親に送ってもらう」
「…そうか。いつでも何かあれば言えよ?」
「ありがとう」
その後も他愛のない話をしてあっという間に時間が過ぎてしまった。
ただいま、と母親の声が聞こえた。
「お母さん帰ってきたみたいだな。じゃ、俺帰るよ」
「…ありがとう。まじで助かった」
「いいって」
一緒に部屋を出て母親に今の目の状態の事を説明する。
「ああ!永瀬くん!去年の県大会で悠の対戦したすごい子ね。ありがとう…悠を…」
「いえ、その…はぁ…」
永瀬の困ったような声。
「いいから!永瀬、ありがとう!」
「お、おう。じゃ、明日な」
悠は永瀬を押し出すように帰してやった。
テーマ : 自作BL小説
ジャンル : 小説・文学