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ライオンとウサギ 62

ウサギ

 獅王からのメールに雪兎は泣きそうになった。

 飲みに行く、なんて言って実際行ってないし一人で部屋にいるだけだ。
 もうこの部屋のどこもかしこにも獅王の影が見える。
 ソファに座ってるとこ、キッチンに立ってるとこ、ベッドで寝ているとこ。そしてあちこちに獅王の私物が転がっている。
 着替え、筆記用具、今日使わなかっただろう本にノート。

 その獅王から今日の分言ってなかったから、とメールが来た。
 それを眺めては返事を返せず携帯を閉じ、でもまた広げて見る。やっぱり返事…と思ったけれどずっと連絡入れてと入っていた獅王のメールを無視してしまった形になってしまい後ろめたさからさらに返事がし辛くなり結局悩んで時間だけが過ぎ、そして返事するタイミングを失った。

 広いベッドに一人寝が寂しい。いつも何も言わなくとも温かい腕が雪兎を安心させてくれるのに今日はない。
 勿論それを招いたのは自分だけれど…。
 急に怖くなってしまった。今も怖い。
 でもさっきの来たばかりのメールにまだ今日と明日は大丈夫、と微かに安心した。

 ………でも…その後は…?
 今日みたいな事をしていたら獅王に嫌われていくんじゃないだろうか?だったら今のうちに…。
 もう頭が余計な事ばかりを考えてしまう。
 寝てしまおう!と雪兎は電気を消して布団を被る。

 温かい体温に慣れてしまった。獅王の声がない。そんなわけがないのに広いベッドが凍えそうな位に寒く感じてしまう。
 人はあっという間にぬるま湯に浸かってしまうとそれにひたってしまうのか…と雪兎は暗い部屋の中で自嘲を浮べた。
 暗くてもいつもだったら傍らに獅王がいてそれに安穏とできるのに…。
 まるで不眠症になったかのように夜中に何度も目が覚め、その度に体温がない事に寂しさを感じた。

 獅王の言う臆病ウサギに寂しんぼウサギだから…。
 掴まえておけよな、と獅王に八つ当たりのような事を思ってしまう。自分から獅王を拒否したのに理不尽なやつだ。
 獅王が強引にでも雪兎から鍵を奪ってしまえばきっとここに獅王はいたはず。でも獅王は雪兎からを待っているんだ。
 
 ずっと獅王が待ってくれているのを雪兎は分かっていた。気づかないふりをしているけれど言葉も待っている。
 好きと毎日言ってくれる獅王に雪兎はたった一度さえ返していないのだから…。
 うとうとと眠ってははっと目を覚ましてあれこれと余計な事を考え、またうとうとと眠るを繰り返し、結局安眠できないまま朝になってしまう。

 「…だるい」
 起きる時間にアラームが鳴って半身を起こしたが寝不足で頭痛がする。
 そういえば獅王がいない時は一週間に一度位こんな風になっていたのが獅王がいればなってなかったなとくっと笑いが漏れてしまった。
 どれだけ依存しているのだろう?
 たった一言さえ言っていないのにすでに雪兎の心の奥底にしっかりと獅王は根付いていたらしい。

 「…なんで…」
 なんでじゃない…。本当は雪兎だって分かってるんだ。最初から雪兎だって獅王に惹かれていたのだから。
 それを自分で認めていなかっただけで。
 ベッドから起きて洗面所にいき鏡を見れば寝不足で酷い顔になっている。

 顔色が青白くて目が窪んでいる顔を見ながらはぁ、と溜息を吐き、目をマッサージした。
 食欲もなかったがパン一枚位は食べて行こうかと焼いて口にもそもそと押し込んでいると携帯が鳴った。
 相手は勿論獅王だが一瞬出るか出まいか迷ってからまさか出ないわけにはいかないだろうと携帯を手に取った。

 「もしもし」
 『雪兎さん、おはよ』
 獅王はメールも返さなかったのに咎める事なくいつもの様に同じテンションだ。
 『すみません、雪兎さん出る前に部屋に寄っていい?今日使う予定のそっちに置きっぱなんですよ』
 「ん」

 『…どうしたの?もしかして二日酔いとかなってる…?大丈夫?』
 「…え?…あ、ああちょっと頭痛が…」
 二日酔いではなかったけれど、飲みに行ったと信じているだろう獅王に気遣いの言葉を向けられると後ろめたい。
 「メール…返せなくて…ごめん」
 『…いいですよ。じゃちょっと後でよりますね』
 「わかった」

 獅王が苦笑しているだろう気配を感じた。きっと獅王はがっくりしているのかもしれない。それがつもり積もったら嫌われていくのだろう…。
 雪兎はわざとそう望んでいるわけじゃないけれど…。


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