ウサギ
結局お昼を獅王と一緒に取ったのは一度きりだった。
メールしてみようかとか朝に言ってみようかと思う事はあったが、さらに獅王が隣にいるのが普通になってしまったら困る。
仕事中でも獅王が図書館で大きな手でシャーペンを持って勉強してる姿とかをふと思い出す時もあるのに…。
ずっと雪兎は盗むようにして獅王を見ていたが、今はふとした瞬間に獅王と目が合う。
すると獅王がふっと目元を和らげる。
その瞬間が好きだったが、つい雪兎はすぐ獅王から目を逸らせてしまう。
なんだか高校生の時の授業中みたいな感じの心境になっている事がやけに気恥ずかしくて、なのだが。
それで昼まで一緒にいたらもう一日中獅王で埋め尽くされそうで昼の誘いは結局していなかった。
それを獅王からも言われないしほっとしている部分もあるのに物足りないとか思うのは間違ってる。
一度だけそれとなくお昼どうしてるんですか?と聞かれた事があったけど、同僚と行ってるからと言ってからは獅王も言ってはこない。
それも嘘ではないのだけど…。
とにかく生活の全部が獅王で埋め尽くされたら絶対にあとから自分が辛くなりそうだ。…いや、もう手遅れのような気もする。
マンションに帰ればすっかり獅王の物があるし、気配も残っている。
……だから嫌だったのに…。
でもそう思っても自分が許してきた結果だ。
一体…いつまで一緒にいられるのだろう…?
後ろ向きだと雪兎も自分で思う。本当はもっと先を見たいとも。
先の事を考えたらどうなるのだろう…?
獅王が大学の間はこのままだとして、大学を卒業したらどこかの会社に就職するのだろう。そうしたら時間や休みはきっとずれる。雪兎の休みはどうしても土日から基本はずれてしまうから。
それともモデルをすると言ってたから…そのままモデルを仕事にするのだろうか…?
確かに獅王はかっこいいしそれも分かる。でもそうしたらきっと、もっと綺麗な女の人とも出会う事も多くなるだろう。
どちらにしてもそのうちに雪兎が捨てられる確率が高いと思う。
今現在を見れば獅王は毎日雪兎に確かめるように言葉をくれて安心させてくれて今日と明日ならば獅王を信じられる。そうは思えるようになった。
…思えるようになっただけでも進歩か…?
それすら信じられなかった事に比べればそうなのかもしれない。…だったらそのまま続けられれば…なんて簡単な事じゃないだろうが…。
幾分前向きになったような気もするが、これで獅王に捨てられたならばもうきっと一生一人のような気がしてしまう。
きっともう誰も信じられないだろう事は確信できるのが皮肉だ。
でも心のどこかで獅王を信じたいと思っている。
見た目からもっとチャラい男なのでは、とはじめは思っていたけれど、獅王はブレない。通勤の時に一緒にいて、獅王に秋波を送る女性も数多いけど、獅王は歯牙にもかけずいつも雪兎を見ている。
人の波から庇うように雪兎を腕の中に入れてくれる。人目も憚らず、だ。あれが密かに雪兎に優越感と安心感を与えてくれる。
ずっと雪兎の事を気にしてくれているのがわかるから。
雪兎は一人で昼食を摂る為に外に出て歩きながら苦笑した。
なんだかんだと自分に言い訳しているけれどもう雪兎の中は獅王で埋まっているのだ。こんな風にいつでも獅王の事を考えている時点でそういう事なのだろう。
獅王といるとドキドキするのも本当だし、嬉しいし、安心する。
あとは自分が認めればいいだけなんじゃないか?でもそれが簡単なようで難しい。
獅王が待っていてくれている事も分かっている。我慢して急かさないのもわかっている。それに甘えているのだ。
こんなに獅王の事ばかり考えてるのに足掻いているだけ。
「好きだ…」
小さく雪兎は呟いた。きっとそう獅王に向かって言えたなら獅王はぎゅうぎゅうに抱きしめてきて、キスしてそしてベッドに雪崩れ込むに違いない。
また雪兎がわけが分からなくなる位に身体を愛してくれるはず。
ぞくりと身体が期待に疼きそうになって雪兎は頭を振った。
仕事中なのに何を考えているんだ…。
でも獅王の熱を思い出してしまった体は火照りをなかなか治めない。午後になっても身体の奥に灯った燻った火が燻り早く仕事が終わればいいのに、という思いに変わり時計を何度も眺めた。
七つも年下なのにすっかり雪兎の方が夢中になっているじゃないか、と自嘲しながらも雪兎はなかなか進まない時間だが仕事を終えるのを待った。
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