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ライオンとウサギ 67

ライオン

 一日にしてどうやら噂は駆け巡ったらしい。
 今日は人の目が追いかけてはきたけれど余計な声はかけられなくて静かな一日だったと言ってもいい位だった。
 …見られるのはもう小さい頃から常だったので、そんなのをいちいち気にする繊細な神経は持ち合わせていない。
 何しろ小さい頃から親と一緒でもじろじろと見られていたから年季が入っている。
 バイト先のカフェでも追いかけてくる四人組も来なくて今日は平和だ。

 後は雪兎さんと一緒に帰って、今日は腕に抱きたいなぁ、と顔がにやけてくる。
 「なぁに?レオくんいい事でもあった?」
 店長に声をかけられてまぁ…と獅王も頷く。
 「今日は静かだ…」

 いつも獅王がバイトに入ると追いかけてくる子もいるのだが今日はさすがに噂のおかげかいつもよりも女学生の姿が少なくて獅王もほっとする。
 でも店側にすればお客さんが入った方がいいのだろうか…?
 マナーがよければ、だろうけど。

 「あ~…店長、相談があるんですけど」
 そう言ってお客さんも少なめだし、と裏で少し話しをした。
 今度モデルをする事になったので、また迷惑をかける事になるかもしれないので、と。
 お客さんが増えてくれるのはいいけれどねぇ…と店長に苦笑されれば、やっぱり迷惑をかけていた部分は大きいらしい。

 「すみません」
 「レオくんのせいじゃないからね」
 モデルとして表に出るまでは続けてちょうだい、とポンと肩を叩かれ獅王も頷いた。
 人に恵まれているな、と獅王は思う。

 色眼鏡を使わないでちゃんと見てくれる人もいるんだ。
 大概の人は好奇心むき出しでくるのだけれど、そうじゃない人もちゃんといる。
 ちょっと嬉しい気持ちに満たされていると獅王のバイトの終わる30分前には雪兎さんが店に入ってきた。
 今日は仕事がちょっと早めに終わったらしい。

 「いらっしゃいませ」
 声のトーンが変わらないようにと気をつけながら接客すると雪兎さんはうっすらと顔を赤くして席に着き、コーヒーと短く言って本を取り出した。
 獅王が終わる時間まで本を読んで待っていてくれるらしい。

 朝も一緒で帰りも一緒。夜も今日は一緒だ。
 もう獅王のバイトが終わる時間までになると大学生の姿はお客さんの中にいない。だからこそ雪兎さんと一緒に帰ることが出来るのだが、バイトを辞めたらそれが出来なくなるのがちょっと心残りだな、ととも思ってしまう。

 その代わりに雪兎さんのマンションで待ってる、という事も出来るんだけど…、それは鍵をもらえたらの話だ。
 残念ながらまだもらえていないけど。
 こうしてわざわざ時間を潰してくれてまで待っていてくれるという事は雪兎さんだって少しは獅王と一緒にいたいと思ってくれているに違いない、はず。

 …と、信じて。
 そこは獅王は待つしかないのだと思う。
 雪兎さんの過去を詳しくまだ知らないけれど今すぐ信じてもらうというのはどうも雪兎さんにとっては難しい事らしいというと分かっているつもりだ。

 それでも少しずつ…縮めていければそれでいい。
 …ホント自分でも呆れる位に気長だな、とも思うしもどかしいとも思うけれどそれ位本気なんだ、と自分の気持ちを確認する。
 ちら、と顔を伏せ本を読んでいる雪兎さんの姿を店に置かれている大きい観葉植物の陰から捉える。

 黒い髪は日本人形のように艶やかで指先も綺麗だ。伏せた目もとのホクロも少し開いた唇もぷくりとして色っぽい。
 穢れを知らないような純に見えるのにセックスの時は淫らに誘ってくるのだからたまらない。
 今日はえっちしたいなぁ…とつい物欲しげな目で雪兎さんを見ていたら視線を感じたのかふと雪兎さんが顔を上げ、獅王の方にちらっと顔を向け視線が合った。

 唇を尖らせてキスしたいという意思表示を見せると雪兎さんの白い肌がふわっと薄いピンクに染まり、どうやら気持ちが伝わったらしいのに満足する。
 そして知らない、と言わんばかりに雪兎さんが視線を外して慌てたように本に目を戻すけど耳までほんのりと紅くなっている。

 …ホント可愛い。
 それ以上の事もしてるのにたったそんな事で雪兎さんが照れて顔を伏せる姿に悶えそうになってしまう。
 ここに誰もいなかったらすぐにもうキスしてる。間違いなく。
 今すぐ抱きしめたい衝動を抑えながらバイトの終わる時間が早く来いと願い獅王は黙々と仕事をこなした。


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