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ライオンとウサギ 68

ウサギ

 何してるんだ…!
 目が合ったら獅王が唇を尖らせてキスの形を作ったのに雪兎はどきりとして顔を本に戻した。

 そんな仕草も獅王ならば似合うと思う。そしてそれを向けてくれるのは自分にだけと思えば嬉しくなっているのだからもう十分獅王に惹かれているんだ。
 …どうしたらあと一歩、二歩を踏み出せるのだろう?
 獅王はこうして気持ちを確かめるように雪兎にまっすぐに気持ちを向けてくれる。
 そしてそれに雪兎は安心するんだ。

 獅王の視線の一つ、態度の一つ一つが雪兎を安心させてくれる。
 にこにこした顔の獅王の運んでくれたコーヒーを口に運び心を落ち着かせるようにと自分に言い聞かせた。
 顔が熱い…。
 獅王のほんの少しのことにもこんなにも自分が反応してるのだから、心は正直だ。

 獅王といるとドキドキする。
 こんなのどれ位ぶりだろう…?
 それなりに大人の恋愛をしてきたつもりだったけど、なんか全然違う気がする。セックスだってしてるのにまだ足りないと思うなんて。こんな少しの事にさえドキドキするなんて。

 店にある時計を見ると獅王の終わる時間が近い。
 コーヒーを慌てて飲み干して会計を済ませたのは獅王の姿を見てると落ち着かないので外で待つ事にしたからだ。
 少し熱くなってしまった体を冷ます意味もあった。

 ちょうど店からカウベルを鳴らしありがとうございましたの声を背に受けて外に出ると電話が鳴った。
 相手を見て珍しいな、と思いながら獅王はまだバイトが終わりじゃないしいいか、と電話に出た。

 「もしもし」
 『久しぶり。元気?なんか店に行ったら彼氏と別れたって聞いたからどうかなって思ったんだけど?』
 「残念」
 『ああ?何?もう次の相手できたのか…?』
 「まぁね」

 相手は以前に付き合った事のある青田という男だった。
 『なんだ…残念。しかしよくすぐに相手みつけられるなぁ』
 飄々とした男で節操がない。身体だけで付き合うならそれもいいのだろうが…。短い間彼氏だった事もあったが、誰彼構わず手を出すので結局すぐに別れたけど、その後も飲みに行った時店で会えば一緒に飲んだり、雪兎に相手がいない時は寝たりもした。後腐れないという点では上等な男だった。

 『でもまたすぐに別れるんだろ?そん時は声かけてよ。また付き合わない?』
 「無理だね」
 とりあえず獅王と別れる気は今の所は雪兎にはない。どうせ、と言われた事にムッとしながら答えた。
 そして足を裏口から出てくるだろう獅王を待つ為に店の後ろ側に向けた。

 『何?今回は本気?しばらく店にも来てないみたいだけど』
 「…ああ、飲みには行ってないな。今の所行く予定はないかな」
 『へぇ?でもたまには出てきたら?今度話聞かせてよ』
 「機会があれば、ね」
 誰か相手が欲しい時だけ行く店だから今は獅王がいるしそんな気は一つもない。

 『ほんと徹底してるよな』
 「お前みたいな無節操じゃないからね」
 『…そうだねぇ。まぁ続くといいね』
 「ありがとう」
 じゃ、と電話を切るとちょどバイトを終えた獅王が出てきた。

 「電話?」
 「ああ。もう終わった」
 携帯をポケットにしまったけど、獅王にはまさか前に付き合った、寝た男から、とは言えない。
 今はそんな気は雪兎にはないと言っても聞いて気分のいいものでもないだろう。
 「……誰?…聞いてもいい…?」

 獅王がいつもはスルーするのに珍しく突っ込んで聞いてきた。
 「…前にちょっと付き合った事ある相手」
 嫌な事を言ってるという自覚は自分でもある。でもそれで獅王に嫌われればそれで獅王とは終わりだ。
 聞いてこなければ言わないつもりだったけど、聞いてくるなら…。わざと嫌な所を雪兎が出してそれで獅王が付き合っていられないと思うならそれでいいのかもしれない。

 むぅっと獅王が仏頂面になった。
 「…どれ位付き合った相手?まだ電話とかする仲?」
 「…付き合ったのは一ヶ月位かな。…俺の他にも相手作ったから終了したけど。…電話はたまにね。飲みに行く店でも会うからたまに飲んだりはする」
 「……飲みに…」

 「大人だからドライな付き合い方もできる相手かな」
 「………すみませんね。子供で。俺は飲みにもまだ行けない年だし」

 子供の様に剥れた獅王が可愛いなと思ってしまう。もしかして年の事を気にしているのだろうか…?
 「別に俺はそんなに酒が飲めるわけでもないし飲みに行きたいわけでもないけどね。獅王の方がよっぽど飲めるだろう?」
 「飲んでも酔えないですからそんなに行きたいとも俺は思いませんけどね」
 面白くなさそうにむっとしたままの獅王に雪兎は笑みを作ってしまいそうな口元を隠した。
 

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