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ライオンとウサギ 70

ウサギ

 そんな事公になんてできるはずない。
 「ねぇ!もしかして…もしかして…なんですけど…昨日電話もメールもなかったのって…嫉妬…?」
 「ちがう!」
 半分は違わないけど確かに半分はそうなのかもしれない。

 女性というだけで雪兎には絶対に叶わないことがあるのだ。書類上だけの夫婦だっているのは分かっているけど、それでもそこには世に認められ存在できるのに雪兎には何一つないのだ。
 別にそれが羨ましいというわけではなく、確証がこの先も雪兎にはないのだ、ということ。

 もし結婚が出来るのならばどんな事をしたってその書面を自ら壊すことなんてないだろうと雪兎は思う。
 いや、ただの書面の関係なんて一人と同じだ、という事も身をもって分かっているのにまだそんな事を思うなんて…。
 幻想を抱きすぎなのだろうか…?

 「違うの…?」
 嫉妬を向けられたら獅王は嫌がるだろうと思ったのに残念そうな顔をしていて雪兎は怪訝になる。
 「…嫉妬なんて…嫌だろ」
 「…俺がさっき雪兎さんがちょっと電話してただけな事なのに嫉妬したのは…?雪兎さんは嬉しい、と言ってくれた。俺も雪兎さんに嫉妬してもらえたら嬉しいと思うけど…?」

 「…あ…」
 そうだった。ついさっきは獅王がちょっとの事でも自分の事を考えているんだ、と思えて嬉しかったのでそう獅王に漏らしていたのだった。
 「……」
 「ね。…ちょっとは昨日嫉妬したの?俺が女とどこかに行ったって聞いて?」

 くそ、と思いながら雪兎はしたよ、と小さく答えた。
 「したよ!…だから電話もしなかったしメールもしなかった!一人で寂しく寝たんだ」
 人に聞こえないように小さな声で獅王に抗議した。

 「雪兎さん!おうちに帰りましょ」
 獅王はぐいと雪兎の腕を引っ張って駅の中を突っ切っていく。
 「今すぐ抱きしめたい。キスしたい。でもこんなとこでしたら止まらなくなる。だから早く…」
 獅王が雪兎の耳元に囁いてくる。

 嫉妬なんか向けられて獅王は嫌じゃない…?
 昨日は雪兎が勝手に誤解して理不尽な対応をしたのに?
 飲み会だ、なんて嘘ついて電話もメールもしなかったのに?

 「……ごめんね?昨日…ちゃんと言ってなくて」
 そして獅王は耳元で雪兎に謝った。
 「俺、雪兎さんしか好きじゃないから。他の誰にも目いかないから」
 こんな人の多い駅のホームで、そんなの…電車を待ちながら言う事じゃないだろう!?

 ぎゅっと雪兎の心臓が苦しくなる。
 獅王は雪兎の欲しい言葉を言ってくれる。そんな事を言ってくれる人は誰もいなかった。
 だめだ…。どうしようとまた葛藤してしまう。
 だって…認めたら絶対離れられなくなる。

 「ねぇ…?ずっとね…待ってたんですけど。雪兎さんから、を…」
 …何が?
 「でも待ってられないかな…。昨日一人でそんな事思ってた、なんて聞いたらね」
 獅王が苦笑している。

 「あのね。自分から言うのなんですけど、雪兎さんの部屋の鍵下さい。そしたら俺は雪兎さんの部屋に帰ります。……雪兎さんが嫌だ、って言うなら諦めますけど…」
 嫌じゃない!…昨日一人で寂しく獅王のいないベッドで寝た時には惨めなような気がした。今まで一人で寝ててそんなこと思った事もないのに。
 寂しくて、寒くて…世界にたった一人だけ取り残されたような…そんな気分になっていた。

 「…それは後でいいですけど、まずは帰ってすぐにキスして抱きしめて抱きますね」
 獅王がにっと笑みを見せて公言する。
 「いっぱい好きって言って、昨日の分もね。足りないでしょう?」
 足りない…。いくら言葉を貰っても、その日が十分だとしても日が明けるとまた足りなくなるんだ。

 「ウサギさんに寂しい思いさせちゃったみたいだし。…言ってくれれば帰ったのに…。俺、雪兎さんからの電話ずっと待ってたのにな…。早い時間に終わるようだったらちゃっかり行っちゃおうと思ってたのに」
 …そうなのか…?

 そりゃ自分から拒絶したのは勿論雪兎は自覚してた。だって結局今はよくても将来的にはそうなるんだ、と思ったから…。
 でもそう分かっていても今のこの自分の獅王に対する気持ちを止める事が出来ない。
 獅王が嬉しい事ばかりを言うから雪兎の心の中も暴走してしまいそうだ。

 「プロポーズしたい気分なんだけどな…」
 はぁ、と獅王が苦悩を滲ませながら雪兎を熱の籠もった目で見ていた。
 「その目…恥ずかしい」
 「……恥ずかしい目って…」
 がくりと獅王を頭を項垂れ、雪兎はそんな事を言ってどきどきする心を抑えようとした。


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