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ライオンとウサギ 80

ウサギ

 …緊張して吐きそうだ。
 電車で一つ先の駅まで行って歩いて獅王の自宅に向かった。

 獅王のお姉さんに車を借りてという話だったのだが、家族斉ぞろいで自宅に集まる事になったらしく、お姉さんが二度手間だから車も乗って行くと言われたらしい。
 もう心臓が口から飛び出しそうだ。

 「…雪兎さん…大丈夫?」
 隣を歩く獅王が心配そうな目で見ていた。
 「顔色がマジで青いよ…?」
 「…ん」
 分かっている。
 だって!まさか!家族に紹介なんてありえない事だから…。普通は男同士なんていったら日陰の身でこそこそ付き合うようなものなのに。

 獅王は常にいつでも、外でも堂々としている。
 確かに男同士なんだからかえってコソコソしてる方が変なのだろうけど…。
 キスとかしてないかぎり、普通は一緒に歩いていても友達とか同僚と思うはずで、自分に疚しい気持ちがあるからこそこそしたくなるんだろう。

 「すぐ着きますからね?」
 もちょっとだけ我慢して、と獅王が苦笑する。平気なのに、とも言ってくれるけど、雪兎にしたら全然平気じゃない。
 どうしようと思いつつも獅王に連れて来られてしまったけれど、やっぱりやめた方がよかったのでは?とか獅王と別れろと言われるんじゃないか、とか冷たく見られるんじゃないか、とかマイナスの方に考えが向かう。
 当たり前だろう。まさかこんな事になるなんて思ってもなかったのだから。

 「はぁ…」
 「あのね、本当に大丈夫だよ?」
 トンと獅王が雪兎を宥めるように背中を叩いたと思ったらそのまま手を繋いで来た。片方の手は手土産を持っていたので空いてる方の手を。
 「し、獅王…」

 「緊張で汗かいてる。…雪兎さん、大丈夫だよ?俺が惚れてる人否定する事なんて絶対させないからね」
 「ぁ…」
 人の通る往来なのに獅王は全然自然体だ。そして身構えている雪兎を安心させるようににこりと笑ってみせる。そしてその言葉にもちゃんと獅王は雪兎を守ると言ってくれているんだ。

 「……ん」
 その獅王の心遣いが嬉しくて雪兎は小さく頷いた。
 日曜日の午前中でまだ少し早い時間だからだろうか…人通りもほとんどなくて雪兎は安心してそのまま獅王に手を引っ張られていった。

 「………ここ?」
 「そ」
 獅王が門の外からインターホンを鳴らしそしてそのまま返事を待たずに自ら開けて中に入る。すでに鍵はかかってなかったらしい。
 門は日本家屋のものではなく、外壁も高くて外からは中の様子も見えないが立派だな、とは思う。
 そういえばお姉さんも社長していると言ってたし金持ちなのか?

 「いらっしゃい!」
 待ち構えていたような明るい声が聞こえて雪兎はびくんと体を震わせると獅王の影に一瞬隠れた。
 それじゃだめだ、と思いなおして庭、というよりガーデンと言った方がいいような敷地を横切る間に深呼吸を繰り返す。
 「連れて来た」
 「待ってた!入って!」
 玄関で出迎えられたのはにこにことした顔…。 

 「しお…」
 こくりと喉を鳴らしながら干からびた声で獅王を呼ぶと獅王が気づき、これ母親ね、と耳打ちして来た。
 「は…はじめまして…」
 ぎゅっと獅王のつながれた手に力を入れながら声を絞りだす。
 「はじめまして!どうぞ」

 にこにこと紅潮し笑みを浮べる獅王のお母さんだという人の顔に雪兎を拒絶する所は見えなかった。
 それにほっとして溜息を吐き出す。
 「あ~…緊張しすぎてるから、あんまりうるさくしないで」
 獅王が玄関で靴を脱ぎながら注意している。つながれた手を離さないと…恥ずかしいかも、と頭では分かっているのに頭の中が真っ白になっていて手を離したら迷子になりそうな気分だ。

 そしてリビングに案内されて雪兎は固まってしまう。
 獅王のお父さんだろう人、お姉さん…その子供と旦那さんだろうか、それにお兄さん?…びきっと固まったように止まってしまうと獅王が苦笑しながら雪兎の手を引っ張りソファに座らせられた。
 「…はじめまして、…穂波 雪兎、です」
 自分からせめてちゃんと挨拶しないと、と雪兎は目を閉じて頭を下げた。

 「そんな緊張しなくとも…」
 苦笑したような渋い声はお父さんだろうか?
 「そうなんだけどねぇ…。臆病ウサギさんだから仕方ないんだ。可愛いでしょ?」
 平然とした獅王の口調と家族の前なのに頭にふってきたキスに雪兎は固まった。

 「恥ずかしいから止めろ」
 ついいつもの口調が出ると獅王が仕方ないなと言わんばかりの態度でとりあえずキスはやめた。
 「あのこれ、お菓子ですけどよかったらどうぞ」
 手土産を渡すとそれで一仕事終えた気がしてほっとした。
 

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