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ライオンとウサギ 82

ウサギ

 はぁ…と獅王の運転する車に乗ってしばらくしてからやっと緊張が解け息を吐き出した。
 「どうだった?」
 「どう…俺の方こそどうだった?失礼なかったか?」
 「失礼なのはウチの家族の方でしょ」
 くっと獅王が笑うと雪兎はもう一度息を吐き出した。

 …かなり緊張した。今まで生きて来た中で一番の緊張だったかも。
 「あ!獅王を返してなくてすみません、って言ってない!」
 「あはは!返してなくて、じゃなくて俺が居座ってる、と思うから大丈夫」
 獅王が軽く答えた。

 「そうだ!家族の前なのに…頭にキスとか…手繋ぐとか!」
 「いいじゃん」
 普通はよくない!
 「大丈夫、大丈夫」
 獅王が気軽に答える。
 やっと雪兎の心も普通の状態まで落ち着いてきて運転をする獅王に視線を向けた。

 獅王は鼻歌でも出てきそうな感じで上機嫌らしい。高い鼻筋に整った顔、車を運転するのも様になっていて赤いポルシェがよく似合って本当に外国人モデルみたいだ。
 「なぁに?見惚れてるの?」
 「…そう」
 「…え!」
 獅王が驚いて雪兎の方に振り向いた。

 「…え?かっこいいし、見惚れるけど?」
 何が不思議なんだろう?と雪兎は頭を傾げた。大体いつでも獅王は人に見惚れられているだろうに。
 「…まさか…雪兎さんに素でそんな言われると思ってなかった…」
 獅王が照れくさそうに頭をかいて、そんな事言われた方がかえって照れくさくなってくる。
 恥かしくなってふっと視線を外に向けた。

 「どこ行く?」
 「うーん…どこいいかな…?雪兎さんはあんまりうるさくない所の方がいいんですよね?美術館とか博物館は?何かやってたかなぁ…」
 「あ!行きたい」
 「じゃ行きましょうか。雪兎さんルーブルとか行った事あります?」
 「ない。外国に行った事がないから…」

 「でかいですよ?美術館がいっぱいあります。大英博物館もでかいし。いつか一緒に行きましょう?フランスもイギリスも親戚いるんで、泊まるとこも考えなくていいし」
 「………」
 どうにも雪兎の常識の中に当てはまらなくて頭を抱えたくなる。
 「年末から年明けとかまとまった休みの時とかに行きません?」

 「……パスポートない」
 「作っておいてください」
 くくっと獅王が笑っている。
 「獅王は…何度も行ってる?」
 「まぁね。夏休みとか小さい頃はずっと行ってたから」
 なるほど…そんなに外国が近いと感覚はやはりどこか違ってくるのかもしれないな、と納得してしまう。獅王とは反対に雪兎は自分が典型的な日本人気質だろうと思ってしまう。

 「きっと向こうに行ったら雪兎さん大モテですよ~!大和撫子って言われるな…」
 「それは女性に対しての言葉だろうが」
 「でも、絶対言われると思う!ああ…自慢したい!」 
 獅王がくくっと楽しそうに笑っている。
 「でも…ルーブルとか大英博物館とか…行ってみたいな」
 「行きましょ!行きましょ!飛行機はちょっと時間かかるけどね。行っちゃえばあっという間ですって!」

 …そうなのかもしれないがなにしろそんな所にまで行く勇気も一緒に行くような相手もいなかったから考えてみた事もなかった。
 獅王は雪兎の凝り固まった壁を全部ぶち抜いてしまいそうな勢いだ。
 「まずはいつでも行ける様にパスポートだけは準備しといてください」
 「…そうしとく」
 雪兎も感化されたのか行きたい気分になってくる。獅王と一緒ならば楽しいのかもしれない。

 「獅王も美術館とか行くんだ?」
 「向こうにいれば結構行きますね。印象派だけの美術館とかアールヌーヴォの美術館とか色々あるんですよ」
 「…へぇ」
 「どこ行ってもイーゼル開いて絵を描いてる人もいたり。日本じゃないですけどね」
 「美術館の中で?」
 「そう」
 わくわくしてきそうだ。
 いつかそうできればいい。

 …ああ…先を考えるなんて今までなかった事だったけど、今は獅王と見た事もない街を歩けるという光景を思い浮かべることができる。それ位雪兎の中にしっかり獅王が組み込まれているという事らしい。
 くすりと雪兎が笑みを浮べると獅王がどうかした?という顔でちらっと視線を向けてきた。
 雪兎は小さく首を横に振った。
 今、この時間が幸せだと感じた。


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